スーパーコンピュータ「富岳」を活用した3次元長周期地震動シミュレーション基盤を開発
2025年8月19日
大成建設株式会社
国立大学法人東京大学地震研究所
国立研究開発法人海洋研究開発機構
大成建設株式会社(社長:相川善郎)、国立大学法人東京大学地震研究所(所長:古村孝志、以下「地震研究所」)および国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長:大和裕幸、以下「海洋研究開発機構」)は、スーパーコンピュータ「富岳」※1を活用して、南海トラフ等の海溝型巨大地震で想定される様々な地震発生ケースを網羅的に解析できる3次元長周期地震動シミュレーション基盤※2を共同で開発しました。これまで超高層建物などへの長周期地震動の影響を予測するには膨大な計算時間を必要としていましたが、本基盤の適用により、建物の耐震安全性能を短時間で詳細に検証することが可能となります。
近年、海溝型巨大地震のような大規模地震の発生時に、周期が長くゆっくりとした大きな揺れを伴う長周期地震動が観測されています。超高層建物などの固有周期が長い建築物は、長周期地震動の揺れに共振しやすく、長時間にわたり大きく揺れ続けることがあります。また、長周期地震動は遠くまで伝わりやすい性質があることから、超高層建物などの建設に際しては耐震安全性能を確保するため、構造設計の段階で建設地における長周期地震動の影響を正確に予測することが求められています。しかし、長周期地震動シミュレーションでは、複雑な地盤構造をモデル化するのに長時間がかかる上に、巨大地震の発生ケース自体も一様ではなく、想定震源域が全域にわたりずれ動く「全割れ」※3や、一部がずれ動いた後に時間差で残りの地域がずれ動く「半割れ」※3など様々なケースが想定されるため、計算負荷が非常に大きく、一般的なコンピュータでは、多様な地震発生ケースについて正確な解析が極めて困難でした。
そこで当社は、「富岳」の活用を前提として、地盤モデルを生成し、想定される多様な地震発生ケースごとに震源モデルを自動生成できるプログラムを独自に開発しました。これにより、想定される多様な地震発生ケースについて、極めて短時間で網羅的な検討が可能となりました。さらに、地震研究所が開発し、海洋研究開発機構が改良を加えた3次元有限要素法の計算コード「E-wave FEM」※4を用いて巨大地震を対象とした地震動計算を行い、長周期地震動を短時間で高精度に把握できるシミュレーション基盤を「富岳」に構築しました。
これらの成果により、「富岳」などの共用計算環境基盤を駆使した建物の耐震安全性能の検証が可能となり、次世代建築物やインフラ構造物の建設において新たな可能性を切り拓く有効なツールとして活用が期待されます。
本技術の特長と期待される効果は以下のとおりです。(図1参照)
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想定される地震発生ケースを網羅する震源モデルを自動生成
当社が開発した震源モデル作成プログラムでは、過去の様々な地震の特徴に基づき、数百から数千の震源モデルを数秒で自動的に生成します。これにより、従来は手作業で行っていたモデル作成の時間を大幅に短縮し、広範囲にわたる様々な地震動の発生ケースを網羅的に解析することができます。 - 2
「富岳」を用いて短時間で長周期地震動の解析を実施
世界最高レベルの計算能力を有する「富岳」を活用するとともに、3次元有限要素法計算コード「E-wave FEM」を用いることで、複雑な長周期地震動を短時間で3次元解析し、その影響を正確に予測することができます。 - 3
建物のより詳細な耐震安全性能を検証し、損傷リスクを評価
想定しうる様々な地震発生ケースでのシミュレーションから得られた地震動データを統計的に処理することで、平均的な揺れや最大級の揺れの大きさを把握することができます。これにより、「平均的な揺れでは建物は損傷せず、最大級の揺れでも倒壊しない」など、建物のより詳細な耐震安全性能を検証し、損傷リスクを評価することができます。
なお、本技術は、当社が地震研究所、海洋研究開発機構と参加している文部科学省「「富岳」成果創出加速プログラム」※5の一環として開発が進められたもので、当社は震源モデル作成プログラムの開発と長周期地震動シミュレーション基盤の社会実装を担当しています。本技術を当社が設計する超高層建物の構造設計段階で試験的に適用した結果を基に、震源モデル生成の過程および長周期地震動計算手法について、国土交通省の審査を通過しており、今後の産業利用に役立てることができる基盤技術であることが実証されています。
今後当社は、スーパーコンピュータ「富岳」など国内の共用計算環境基盤を活用しながら、長周期地震動に対する建物の耐震安全性能をより詳細に検証するとともに、このシミュレーション基盤の社会実装を推進することで、地震に強い安全・安心な建物の普及に貢献してまいります。

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スーパーコンピュータ「富岳」:
スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究所が設置し、2021年3月から共用を開始した計算機。2025年6月のGraph500ランキングで11期連続1位を獲得。また、TOP500では7位、HPCG(High Performance Conjugate Gradient)では2位、HPL-AI Mixed Precision(HPL-MxP)では6位を獲得するなど、世界最高レベルの性能を持つ。 - ※2
3次元長周期地震動シミュレーション基盤:
本課題は、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「大規模数値シミュレーションによる地震発生から地震動・地盤増幅評価までの統合的予測システムの構築とその社会実装」(JPMXP1020200203)及び「「富岳」による地震の大規模シミュレーションの基礎拡充と社会実装へ向けた展開」(JPMXP1020230213)の一環として構築した。本課題の一部は、スーパーコンピュータ「富岳」及び海洋研究開発機構の「地球シミュレータ」の計算資源の提供を受け、実施(課題番号:hp210171、hp220171、hp230203、hp240217)。 - ※3
全割れ、半割れ:
今後、発生が懸念されている南海トラフ地震では、想定される震源域の全長が約750kmと非常に長く、プレート境界がずれ動くことで地震が発生する場合に、震源域全体で生じるケースと時間差を伴い部分的に生じるケースがある。「全割れ」は、震源域全体が一度にずれ動いて地震が発生する状況で、「半割れ」は、東側と西側のどちらか一方で地震が発生し、その後時間差で残りの震源域で地震が発生する状況を示す。 - ※4
E-wave FEM:
地震研究所が開発して海洋研究開発機構が企業等で使えるように改良した大規模並列有限要素法コード。複雑な地盤における地震動を精度良く安定して高速に計算できる。 - ※5
「富岳」成果創出加速プログラム:
「富岳」成果創出加速プログラムは、国内で実施する他の研究開発プロジェクト、アカデミア、産業界、行政組織等との連携体制を構築しながら、スーパーコンピュータ「富岳」の特性を最大限に活用することを目的としている。「富岳」を用いて、社会的・科学的課題の解決に資するアプリケーション開発及び研究開発に取り組み、世界を先導する成果を早期に創出し、社会実装を強力に推進することを支援するため、文部科学省が2020年度から実施している事業。