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文化映画

日本の近代土木を築いた人びと

大成建設が企画制作した映画『日本の近代土木を築いた人びと』が、2001年度第75回キネマ旬報ベスト・テンの文化映画部門の第1位に選ばれました。

この映画は近代土木技術を築き上げた5人の先駆者達にスポットを当てた映画作品です。
一般の人々からなかなか理解されにくい建設産業への理解を深めて貰うため、大成建設が作り続けてきた映画作品4作目にあたります。
この度キネマ旬報が行っている「キネマ旬報ベスト・テン」の文化部門において当社作品がベスト・ワンに輝きました。

表彰式でトロフィーを手渡される田部監督
2月10日(於:有楽町マリオン)

内容

 明治の新時代を迎えた日本は、世界史の奇跡と言われるほど短期間に、鉄道や港湾、河川改修など近代国土の建設を成し遂げました。本作品はその陰で、日本の近代土木を築いた五人の先人たち、井上勝、田辺朔郎、古市公威、沖野忠雄、廣井勇の活躍を描くものです。土木映画史上、個人にスポットを当てるのは本作品が最初となります。

井上勝は日本人だけで、わが国初の本格的な鉄道トンネル・逢坂山を貫通させました。彼は近代土木技術の自立を成し遂げた先駆者であり、後に「鉄道の父」と呼ばれるようになりました。
田辺朔郎は琵琶湖疏水工事を手がけ、京都と琵琶湖を水運で結びました。これによって、わが国初の公共用水力発電所が建設されました。
東京帝国大学工科大学初代学長となり初代内務省土木技監となった古市公威は、水害を防ぐ河川改修の行政基盤を作り、木曽三川工事など全国の河川改修事業を技術官僚の首脳として精力的に推し進めました。その河川改修事業を技術者集団の中核となって推進したのが沖野忠雄であり、世界最先端の近代土木機械を駆使して淀川改修事業を行い、その後の河川改修の指針を作りました。
近代国家として出発した日本にとって近代港の建設は緊急課題でしたが、明治中期になっても築港技術は確立されていませんでした。そんな時代に小樽に東洋一の長大な防波堤を築き、北の玄関口を造ったのが廣井勇でした。その防波堤は100年後の現在でも激浪に耐えるほど強力なものでした。

近代の夜明けに日本ほど短期間に近代科学技術をマスターし、土木技術の自立を成し遂げた国は世界史に例がありません。それをやり遂げたのが幕末の動乱期に生まれ、新時代の土木技術に挑んだ5人の若き技術者たちでした。
映画では、彼らの代表的な作品を中心に、その輝かしい業績を当時の社会背景を交えて紹介いたします。

日本の近代土木を築いた人びと

2001年/カラー/16ミリ/58分
監督=田部純正  撮影=高橋愼二
監修=高橋 裕(東京大学名誉教授 工学博士) 清水慶一(国立科学博物館 工学博士)
企画=大成建設株式会社 制作=日本映画新社 日映企画