CO2削減・地球温暖化対策における建設分野の技術開発
Research and Development of Construction Technology on Global Warming Countermeasures
1. はじめに
今年の夏も随分と暑い日が続き,集中豪雨等,身の回りで今までに無い現象が目に付くようになってきた。これらも温暖化に起因しているのだろうか。
先の洞爺湖G8サミットでは,2050 年までに世界全体のCO2排出量を50%削減するという目標ビジョンを共有し採択する事を決めた1)にとどまり,その先の道筋が見えない状況である。但し,我が国のエネルギー供給戦略は天然ガス,石炭,原子力をベースとして,太陽光発電をメインとした再生可能エネルギーの積極利用とのグランドデザインは明確である。
このような政策状況の中で,我々は建設分野が行うべき技術研究開発は何かを真剣に考え,社会に提案してきている。本号では,特集としてCO2 削減・地球温暖化対策技術を取り上げるが,本論ではそれに先立ち新エネルギーや省エネルギーによる温暖化の緩和策,修復による持続可能な社会を目指す適応
技術,さらには生物多様性の保全について最近の研究成果を紹介する。
2. 建築分野での取り組み
温暖化の主原因は燃焼工程から排出されるCO2であり,身近な現象としてCO2排熱が都市部の温度を郊外に比べて上昇させるヒートアイランド現象がある。この都市部を含む地域の温暖化を防止する最も有効な手段は,建物での消費エネルギーの削減とエネルギーの効率的利用に尽きる。
建築の分野では,建物内での省エネルギー技術の開発を最重要課題として,新エネルギーの利用技術,建築資材のリサイクル技術にも挑戦している。
2.1 ヒートアイランドの予測と対策

図-1 都市部街路の温熱環境解析例
東京の都市部では,過去100年間に年平均気温が2~3℃上昇しており,真夏日や熱帯夜の増加を招きその対策が急がれている。外気の高温化により冷房需要は増加しエネルギー消費量の増加,その結果として人工排熱の増加を招く悪い循環が発生している。
我々はヒートアイランド現象を予測する技術を開発し幾つかの実施プロジェクトに適用している。本号「建物配置計画が街区のCO2排出量に及ぼす影響」では,外気条件と連成した空調排熱を算出してより実際の排熱条件を再現した上で,敷地内に空地を設けることで外気の温熱環境を緩和できる事を提案している。ヒートアイランドの対策手法とし,水分の蒸発気化熱を利用して建物周囲の温熱を緩和するシステムを提案している。「ハイテク打ち水システム」では外壁と道路表面に雨水を供給することで表面温度を10~20℃低減し,周囲の体感温度を2℃低減できている。「ネットへの給水による施工段階での暑熱緩和に関する検討」では市販の工事用ネットを作業所外壁近傍に垂らして上部より雨水を滴下することで事務所の冷房費削減を試み,夏期冷房負荷を1割削減できている。
屋上緑化技術については,ロックウールを保水材とした軽量土壌による緑化システムを開発し,第40号(2007)で紹介した。
図-1は都市部の街路部分の温熱環境を解析した例で街路樹による日陰効果を確認できる。
2.2 省エネルギー技術

図-2 建物の省エネルギー技術例
建物内のエネルギー消費量は業務系と家庭系の増加が続いており,この分野での削減対策が急がれている。対策強化の一環として省エネ法が改正され,従来の工場単位から企業単位へ,さらにはフランチャイズチェーンも企業単位としてのエネルギー管理が義務付けられている。当社の建物に係わる省エネルギー技術の開発については,第40号(2007)に「当社・技術センターの本館リニューアル工事で採用した幾つかの省エネ技術」で詳細に紹介した。本号ではそこで採用した空調システムについて,その評価を「天井吹出型パーソナル空調システムの省エネルギー効果に関する研究」に報告した。
本号では,当社札幌支店の新築工事に採用した図-2に示す省エネルギー技術の実測評価結果を報告する。まず,北国の冷涼な空気を利用した空調システム「大成札幌ビルにおける北国空調システムの省エネルギー性評価」を紹介した。次に,このビルで積極的な自然換気を採用した効果を「大成札幌ビルにおける自然換気の省エネルギー効果」に示す。新築された札幌支店ビルでは断熱,窓面積削減の建築的省エネ対策も含めて,その省エネルギー効果は従来方式のビルに比べて約40%の消費エネルギーの削減が可能となっている。
また,札幌支店ビルでは自然採光を積極的に取り入れたシステムを採用し,その効果を「太陽光採光システムの開発」に示す。開発した採光システムによりトップライトのみの場合に比べて40% 近い照明電力量の削減が可能となっている。
省エネルギー技術は熱源空調機器の効率向上開発と同時に,それらの機器の最適な運転方法が大きな課題である。その為には実際の建物で実負荷に応じた運転制御の試行錯誤が必要であり,我々もここで紹介した省エネビルを中心にエネルギー調査と評価を継続して行っている。
地方自治体を中心に地域エネルギー供給構想が発表され,そこでは再生可能エネルギーを積極的に使った分散型マイクログリッドの計画検討が行われている。我々はその場面でシステムの経済性と環境性を短時間で予測評価するプログラムを開発し,実際の計画に適用してきている。本号の「分散型エネルギーシステム総合評価プログラムの開発」では,プログラムの仕様と評価例を紹介して分散型マイクログリッドによるCO2削減効果を示している。マイクログリッドは今後,地方だけでなく都市部や大学等のキャンパスでも普及して行くと考えられ,今後は事業化に向けたさらなる計画技術の向上が必要である。
2.3 資源循環等
建設現場での廃棄物の分別は徹底して行われており,その建設廃材のリサイクル率は80~90%となっている。今後も分別とリサイクル,リデュースは継続的に行う必要がある。
本号では梱包用ダンボールとアルミニウム箔で構成した「高性能段ボール製空調エコダクトの開発」を紹介した。このエコダクトは従来の鋼板ダクトに比べて製造時のCO2排出量を75%削減している。廃材利用の例としては,発砲スチロールを減容粒子状として屋上緑化土壌に利用した例を第40号(2007)で紹介した。
3. 土木分野での取り組み
CO2削減・地球温暖化対策では,温暖化影響,温暖化緩和策,温暖化適応策の大きな3分野で整理されている。
温暖化影響は,IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書の基礎となる研究分野であり,世界各国の国や大学の研究機関がその役割を担っている。土木工学においても同様で海水面上昇による浸水域などの予測や塩水の遡上などの研究が主体である。
民間企業での技術開発は,二酸化炭素排出を削減することで温暖化の進行を防止する温暖化緩和策と我々の生活圏で整備してきた社会資本や生活環境を温暖化による影響に応じて調節することに主眼をおいた温暖化適応策が主体である。図-3に土木分野が包括する温暖化緩和策と適応策の概念について示した。図のように温暖化対策では,緩和策と適応策に加えて生物多様性との関係も重要である。そこでこれら3つの観点での土木分野での取り組みについて以下にのべる。

図-3 土木分野の温暖化対策の概念図
3.1 温暖化緩和策での土木分野
温暖化緩和策は,エネルギー供給,省エネルギー,循環型社会,炭素固定などの技術分野である。一般には最も注目されている分野であり,土木学会より「2050 年のわが国の低炭素社会に向けた12の方策」として具体的に紹介されている2)。12の方策のうち,民生部門の「快適さを逃がさない住まいとオフィス」などは,前章で述べられているように建築分野で重要な貢献が期待される技術分野である。
土木分野では,各種のエネルギー転換,材料の3R・施設の長寿命化,運輸交通などの分野が「地球温暖化問題に挑む土木工学」として示されている3) 。例えばエネルギー転換分野では,太陽・風力・バイオマス・地熱エネルギー施設や原子力発電所の建設の増加などである。本号「無加水メタン発酵法の処理特性」では,ウェットバイオマスの利用に関連した無加水メタン発酵法の処理特性,「セルロース系バイオマスを原料としたバイオ燃料に関す研究」では,バイオエタノール生産での稲藁やススキのセルロース系バイオマスを対象とした酵素糖化を促進する前処理技術が紹介されている。
原子力発電は温暖化対策の切り札として世界各国で建設が進む。原子力発電の新設のみならず既設の延命化,解体とバックエンドを含む技術開発がますます重要になってくる。
運輸・交通分野は,旅客交通の公共交通機関のモーダルシフトや徒歩・自転車といった移動手段の見直し,電気や水素などの新たなエネルギーによる自動車に適した道路などの整備が必要となる。本号「国道1 号原宿交差点立体工事でのCO2排出量の評価」では,建設工事で発生する二酸化炭素量の調査結果が紹介されている。渋滞緩和による削減効果との比較など,今後検討が期待される分野である。
材料の3R・施設の長寿命化の技術分野は,建設工事そのものにおける温室効果ガス排出削減の達成として重要課題である。建設機械の石油燃料の削減と電動化などエネルギー効率の大幅な向上も現在様々な取り組みがなされている4) ように重要な課題である。これらの分野では,CO2排出量を迅速かつ正確に算定できる方法が,排出量とその削減量を適切に評価するために非常に重要な技術である。
緩和策の中で,重要な技術と目されているのが,二酸化炭素回収・隔離CCS(Carbon dioxide Capture and Storage) の分野である。CCS は土木分野の技術が直接的に係わることができる緩和策である。本号「二酸化炭素地中貯留に関する技術の現状と動向」では,二酸化炭素地中貯留に関する各国の技術動向,「地球シミュレータを用いたCO2地下貯留シミュレーション」では,べクトル型並列スーパーコンピュータである地球シミュレータによる大規模解析での貯留二酸化炭素の挙動と地下水環境影響について紹介されている。
3.2 温暖化適応策での土木分野
温暖化適応策は,ある程度の温暖化を許容するとした上で,我々が取るべき方策であり人間生活においては最も身近で現実的な対策分野である。温暖化適応策は緩和策と異なり,地域や条件が限定あるいは特定され効果を発揮する対応策である。したがって,当然適応策だけで温暖化問題は乗り越えることができず,緩和策を補う分野として位置付けられている。しかし,近年の世界的な異常気象の多発で災害リスクの増加が叫ばれる中,リスク軽減の点で適応策の重要性に関する認識が高まってきている。特に土木分野は,この適応策において重要な役割を果たすことは自明である。
土木事業は,これまでも災害に強い国作りの理念のもとに,社会資本の整備が進められて来た。温暖化適応策では,温暖化で想定される災害を主体とする影響に対して,より一層の技術開発の推進が求められる。特に国土や地域を守るだけではなく,継続的な経済活動の維持という観点が非常に重要となる。したがって,経済活動で重要なエネルギーや生産設備が集中する沿岸地域の河川や堤防の整備などが強く求められるであろう。
技術センター報では,第39号(2006)に防災特集が組まれ,「インド洋津波による浸水被害と離岸堤の津波低減効果」や「集中豪雨による橋梁被害に関する研究」が紹介された。第40号(2007)はリニューアル技術特集とし,「リスクを考慮した土木施設の補修・補強戦略に関する研究」が紹介されている。
温暖化による影響として,世界的な水の問題も注視されている。水資源は現在でも地域的な偏りがあるが,地球温暖化により気候が変動すると,乾燥地ではさらに干ばつが進行し,雨の多い地域では洪水が増加すると考えられている。水の需要と供給のバランスが崩れ,水資源が変動すると予想される。
3.3 気候変動と生物多様性での土木分野
温暖化は我々の生活環境だけでなく,生物多様性の減少と生息環境の変化,森林破壊や土壌劣化などをもたらす。温暖化の緩和策や適応策を講じるに当たっても,より生物多様性の保全が課題となる。特にわが国は,緊急かつ戦略的に保全すべき地域として世界34ヶ所の「生物多様性ホットスポット」が指摘されているうちの1つである。また1993年に発効した生物多様性条約のもと1995年に生物多様性国家戦略を策定し,2002年の新・生物多様性国家戦略,2007年の第三次国家戦略と自然再生推進法,外来生物法,国土形成計画法の改正に合わせてわが国の方向性が示されている。
このように生物多様性に恵まれた国土で進められる建設事業は,国家戦略を基本理念とした活動が重要である。建設会社について具体的にみると,生物多様性の喪失のリスクを有するとともに保全への貢献の責務を負っている。リスクは,現状では希少種の保護などによる工事の延長や工事費の増加などがあげられるが,今後は事業者が有する生物多様性や遺伝資源としての価値の損失や社会的責任の喪失などへのリスクが想定される。生物多様性の保全の責務は,全ての企業経営で重要な持続可能な経営とともに建設業では環境配慮の技術や自然再生・創出などの提案が最も期待されるところである。
本号「埋土種子による印旛沼の希少沈水植物の再生」では,絶滅に瀕している湖沼植生帯の再生・創出に繋がる研究が紹介されている。
参考文献
1) 洞爺湖サミットを踏まえたわが国のエネルギー・地球温暖化戦略:柏木孝夫,日本水素エネルギー産業会議,2008.9.
2) 「2050 日本低炭素社会」シナリオチーム:低炭素社会に向けた12 の方策, 2008.
3) 土木学会/ 地球温暖化対策特別委員会/ 地球環境委員会: 地球温暖化問題に挑む土木工学, 2008.
4) CO2 の減らし方:日経コンストラクション,No.451,pp.51-71, 2008.
*2 技術センター 土木技術研究所 水域・生物環境研究室



