アステカ文明 湖上都市 テノチティトラン 西暦1300年頃
十六世紀の初め、最後の古代文明として輝きを放っていたアステカ文明。
この文明は、千五百二十一年、スペインの征服者コルテスによって呆気なく滅び去りました。
その遺跡が千九百七十八年、メキシコシティで発見され、四百年ぶりに姿を現しています。
首都テノチティトランです。

十六世紀、現在のメキシコシティに当たる一帯には広大な湖、テスココが広がっていました。テノチティトランはその湖に浮かぶ小さな島に築かれた人口二十万人の水上都市でした。

テノチティトランを目の当たりにしたとき、征服者コルテスの部下の一人は、「世界中のどこにもない夢の世界だ」と驚きを隠しませんでした。

対岸からテノチティトランへ行くには湖に造られた数本の道路を用いていました。その道路には真水を供給するための水道橋までありました。

中央には四百メートル四方の神域があり、百を超えるピラミッドや祭壇が立ち並んでいました。そして、高さ四十五メートルもある大ピラミッドが二つ、ひときわ高くそびえていました。

神殿では毎日のように神への生け贄を捧げる儀式が行われました。
アステカの人々は、世界の起源は神の自己犠牲によるものと考えていました。絶えず自らの心臓と血を神に捧げ、太陽や宇宙に生命を与え続けようとしたのです。

アステカ文明は、壮麗な都市を築き、巨大で精密な石の建造物を造り上げる高度な技術と発達した数学、天文学を持っていました。にも関わらず一方では鉄を知らない古代文明でもありました。

ヨーロッパを凌ぐ文明を持ちながら、わずか六百人の鉄砲を持ったコルテスの兵士たちによって滅ぼされてしまったのです。
 
アステカ文明ミニガイド
 
時はまさに大航海時代、スペインの征服者コルテスが見たアステカの都、テノチティトランとはどんな世界だったのか。最後の古代文明アステカとヨーロッパ近代との出会い、
そして、悲しい結末が美しいテスココ湖を舞台に展開する。

16世紀の初め、現在のメキシコ高原の中央部、つまりメキシコシティの辺りには広大な湖がありました。その湖はテスココ湖と呼ばれていました。その湖の小さな島の上にあったのがアステカ王国の首都「テノチティトラン」です。
CG映像は、空を行く鳥の視点で、まず湖と底に浮かぶ島、島の上のテノチティトランの全景を俯瞰(高いところから見下ろすアングル)して行きます。一面に広がる美しい湖面と照り映える陽光。あくまでも青く澄み切った空。フレームいっぱいに熱く明るい光線が広がります。そして、美しく彩色された高さ45mもある二つの相似形ピラミッド・・・。太陽に最も近い王国のイメージが哀愁を帯びたBGMとともに浮かび上がります。
この太陽の王国は、1521年、スペインの侵略によって呆気なく滅び去ります。鉄砲を所持したわずか600人の兵士によって壊滅されてしまうのです。テノチティトランを初めて眼前にしたある兵士は「世界中のどこにもない、まるで夢の世界だ」とその驚きを書き記しています。
巨大な石の建造物を精密に造り上げる技術や発達した数学、優れた天文学を保持していたアステカの人々。しかし、彼らは、毎日、人の心臓を神に捧げるという残酷な信仰心の持ち主でもありました。この作品には人間は一切登場しません。ただ陽光とそれに映える湖面、白い神殿、町が描写されるだけです。しかし、その澄み切った美しさの中に、アステカの哀しみがキラキラと輝くのです。
 


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