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創業(そうぎょう)は明治6年
1873(明治6)年10月に大倉喜八郎(おおくらきはちろう)は、「大倉組商会(おおくらぐみしょうかい)」という会社を創立(そうりつ)した。機械(きかい)などを輸入(ゆにゅう)したり、いろいろな建物をつくる会社だった。
1887(明治20)年3月大倉喜八郎は「有限責任日本土木会社(ゆうげんせきにんにほんどぼくがいしゃ)」を創立し、大倉組商会の土木関係の仕事を行うようになった。これが、大成建設のもとになった会社で、日本で初めての会社組織による土木建築業(どぼくけんちくぎょう)の会社だった。
1892(明治25)年11月、有限責任日本土木会社は解散(かいさん)し、翌年(よくねん)その事業を「大倉土木組(おおくらどぼくぐみ)」に引きついだ。
1911(明治44)年、大倉土木組は株式会社大倉組(かぶしきがいしゃおおくらぐみ)に合併(がっぺい)され、株式会社大倉組土木部と名前をかえた。
1917(大正6)年12月には、大倉組土木部は再度大倉組からはなれて「株式会社大倉土木組」となり、そのご「日本土木株式会社」、「大倉土木株式会社」と改名(かいめい)。
1946(昭和21)年1月14日いまの「大成建設株式会社」となった。
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| 「人と建物」「人間と技術」の会社 |
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社名の「大成」は創業者・大倉喜八郎の戒名(かいみょう)からとった。これは「集大成」に通じていて、完全になしとげること、多くの物を集め作りあげることを意味(いみ)し、建設業にもっともふさわしい社名として採用(さいよう)された。「建設」という言葉は土木と建築(けんちく)の両方の意味を表す新語として英語のconstruction(コンストラクション)から訳出(やくしゅつ)した。
社章(しゃしょう)は産業の安全、若さ、進歩、向上、平和を表すこい緑と潔白、清新を表す白の2色でデザインされている。「大」の字は人間の形、「成」の字は建物を図案化(ずあんか)して、「人と建物」「人間と技術」を表現(ひょうげん)している。
今もこれを社章としているが、1990(平成)2年に、新しいシンボルマークを制定(せいてい)した。このシンボルマークは大成建設の経営理念(けいえいりねん)を表している。かけがいのない地球における、大地や海、あるいは太陽といった自然環境(しぜんかんきょう)と、それとのつりあいをはかりながら、より高く、より深く、より広く活動を(かつどう)を続ける人間、そして大成建設を力強いエネルギーとダイナミックさをこめて表現している。 |
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