都市開発にかける人たち Vol.1

日本橋浜町三丁目西部地区第一種市街地再開発事業

「このままでは、街がなくなる。」住民から自然発生的に

ここ日本橋浜町は、東京駅から徒歩2km圏内にあり、首都高速、地下鉄4路線が近接して交通利便性も高い。
だがその反面、地価の下落が進み、築30〜40年以上の古い軒が連なる昔ながらの街だ。自宅兼店舗、自宅兼作業所など家内産業的な経済基盤に支えられているものの、高齢化による廃業、跡継ぎができにくい、施設の老朽化など、先の見えない不安を抱えている地域でもある。

このままでは、街がなくなる──

浜町三丁目において、平成3年頃より再開発の検討が始まったのも、この地域に生まれ育ち、今も住み続ける地域住民たちからの自然の発露だった。

「住民の方々の熱い想いに心動かされました」

大成建設が正式に事業協力者として参画したのが、平成8年の準備組合発足時。

「自分たちの住んでいる街を一番に愛しているから再開発を、という想いがひしひしと伝わってくるんです。まず、この熱き情熱に心動かされましたね」

と歴代の事務局担当者それぞれが言う。その意志を受け継ぎ、現在、日本橋浜町三丁目西部地区市街地再開発組合事務局員として日々奮闘しているのが、大成建設都市開発本部都市再開発部の佐々木寿文。

住民発露の再開発と言えど、もちろん、すべての住民が賛成というわけではなかった。権利変換、補償、営業の継続、長期工事に附随する諸問題等、佐々木ら事務局の目の前に立ちふさがる壁は大きかった。定期的な全体説明会のほかに一軒一軒歩きに歩き、丁寧にきめ細かく語りに語ったという。

佐々木は言う。
「まちづくりを考えた場合のあらゆる不安、問題を解決するのが、実は私たち再開発事業の醍醐味なのです。無事着工するまでの8年間、それぞれの場面で歴代担当者は悩み、考え、動き、辛い思いをしたこともありました。私自身も、この地域の人々に育てていただきました」と。

開発のカの字も建設のケの字も知らない私たち住民が、街をよみがえらせることができる──。
行政まかせ、業者まかせではなく、現在、自分たちの気持ちがしみ込んでいる街ができあがりつつあるんです。これは一つの感動です。中央区が強力に後押ししてくれて、大成建設さんや多くの建設関係者が私たちの抱える不安を取り除いてくれた。だからここまでこぎつけたんだと思います。1週間に1階層ずつ出来上がっていく工事現場を見るにつけ、このビルは私たち団結の結晶だと日々、感じていますね。

30年後に真価が問われるまちづくりを

平成17年夏には建物竣工を予定しているが、スムーズに事業が進行しているのも日本橋浜町三丁目西部地区の特長。行政側の中央区が積極的にこの事業に取り組んでいることが大きい。いわば、住民・区・事業協力者の三者が一体となって連携を深め、前向きに取り組むことが、大きな目的を成就していく秘けつといえよう。
再開発されたエリアのなかで地元産業が息を吹き返す、住環境が新しく快適になる、大手スーパー出店により人や交通の流れが活気づく等々、周辺から見守る人々の目も期待に満ちているようだ。

「建物が完成し、そこで人々が生活して10年、20年、そして30年経って、本当の意味で再生した街の真価が問われることでしょう。このタワーがすべての象徴となり得ることを、私たちは忘れません」

青空に大きく伸びゆく高層の鉄骨を仰ぎ見ながら、佐々木の想いは一段と深まったようだ。


みんなが一体となって取り組み、できあがればみんなの共同財産として守り育てていく。ここに、より強い連帯感が生まれると思います。この街が大好きだから、楽しみにしています。
実際に再開発の評価は30年先が勝負。だからこそ、ここで生活していく我々住民の意識が大切になっていくね。むしろこれからが本腰入れて踏ん張らないと、と思っています。
空いた家屋や土地が増えていき、このままではどうなっていくのだろう…という不安や寂しい気持ちがありましたが、救われました。下町の雰囲気を残した情緒ある街に変わってほしいです。
先祖代々の土地や建物、下町の情緒が薄れていくのは寂しいことだけど、下町独特の伝統や気質・精神などは形を変えても生き続けるでしょう。ここ日本橋浜町のタワーが一つのカンフル剤になってくれるよう期待しています。

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