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ギャルリー・タイセイ展覧会企画
「大熊喜英の建築−和のまなざし−」展



 会 期

2006年7月24日(月)〜10月6日(金)
(土日祝日および8月14日〜18日は休館)

 開廊時間 午前10時〜午後5時 (入場は4時半まで)
 入場料 無料
 会 場

ギャルリー・タイセイ

東京都新宿区西新宿1-25-1 新宿センタービル17F
TEL.03-5381-5510  
FAX.03-3345-1386
e-mail galerie@pub.taisei.co.jp

 主 催

大成建設設計本部、ギャルリー・タイセイ

 資料提供

大熊喜威氏

 会場デザイン

大成建設設計本部

 後 援

社団法人東京建築士会  (東京建築士会CPD制度認定1単位)


 
   
   
 
 
大熊喜英(おおくまよしひで 1905〜1984)は、私たちが懐かしく思い、親しみを感じるような、いわゆる「日本的な住宅」のひとつの型を戦後復興期に確立した建築家として重要な存在でした。

 彼は、たんに日本の伝統的で洗練された木造家屋を受け継いだだけでなく、そこに庶民的で素朴な民家の味わいを加え、さらに新しい技法や材料を取り入れることで、現在の日本人が住みやすい住宅を提示しました。喜英が手がけた住宅は「大熊スタイル」と呼ばれましたが、それは人間のための空間を追求し、住み心地を最優先した住まいでした。

 彼は数多くの住宅設計に携わった一方で、大成建設設計部に勤務し、インハウスの建築家として集団を率いて大型のプロジェクトも手掛けていました。

 今回の展覧会は、オリジナル図面、写真、模型やスケッチ、手書き原稿などの豊富な資料によって構成され、大熊喜英の作品を仔細に検討します。また、グラフィックデザイン、絵画、篆刻などの作品も残した文化人としての一面も紹介するなど、充実した内容の展覧会となっております。


 

 
展示内容

1. 大熊喜英とその時代――時代背景、建築史上での位置付け、文化人との交流
2. モダニズムと伝統
3. 三種混合の軌跡
4. 創作の源
 
小冊子:
大熊喜英についてまとめた小冊子を制作。会場にて配布しています。
執筆者= 浅野平八、黒沢隆、馬場璋造、藤森照信 (敬称略、五十音順)
 
展示内容詳細:
1. 大熊喜英とその時代――時代背景、建築史上での位置付け、文化人との交流
建築家として活躍しただけでなく、篆刻、俳句、作曲、デザインなど幅広い活動を行った大熊の作品の紹介。

2. モダニズムと伝統
組織人・企業人として取り組んだ大型プロジェクト6件を紹介
熱海八方苑(1957 )、サッポロビール園(1972)、ゴルフクラブ(年代不詳)、一連のニユートーキヨー、浅草寺本堂(1958)、笠間稲荷神社(1960)など
熱海八方苑 内観着彩パース
熱海八方苑 内観着彩パース
サッポロビール園ライラック館 レストラン内観
サッポロビール園ライラック館 レストラン内観
ニユートーキヨー レストラン内観
ニユートーキヨー レストラン内観
 
   
3. 三種混合の軌跡
ル・コルビュジエ系モダニズム、日本の民家、イギリス民家の3つ要素を取り入れた「大熊スタイル」の住宅
住宅作家・大熊喜英としての代表作10作品を紹介
  福本貞喜邸(1937)、西郷山に建つ住い(1956)、57番目の住宅(1958)、三田台町の家(1957)、L型プランの和風住宅(1962)、ボーンホワイトの壁の家(1962)、U氏邸案(1950年代)、黒沢邸(1976)、品川区のKさんの家(1979)、息子とおやじの仕事場(1960)

福本貞喜邸 リビングの吹き抜けを2階よりのぞむ(復元) 撮影:エスエス東京
福本貞喜邸 リビングの吹き抜けを2階よりのぞむ(復元) 撮影:エスエス東京
福本貞喜邸 断面展開図
福本貞喜邸 断面展開図
57番目の住宅 外観着彩パース
57番目の住宅 外観着彩パース
U氏邸(計画) 外観着彩パース
U氏邸(計画) 外観着彩パース
   

. 創作の源
書斎の再現――大熊喜英の書斎をそのまま再現、大熊デザインによる家具も展示
フィールドワーカーとして――父大熊喜邦(国会議事堂の設計者として有名な建築家)、今和次郎とともに行った民家研究。描きつづけたスケッチを紹介

京都市左京区八瀬にある住宅の内部
京都市左京区八瀬にある住宅の内部
香川県塩飽群島にある住宅の内部
香川県塩飽群島にある住宅の内部
高山市にある住宅の梁組み
高山市にある住宅の梁組み
 
   
☆ オリジナル図面・写真・模型・解説・映像など約120点の資料で紹介
 

<参考>
大熊 喜英(おおくまよしひで)
 1905(明治38)年、東京都千代田区に生まれる。
父は帝国議会議事堂(現国会議事堂)などで知られる建築家大熊喜邦。
高校生の頃から、父喜邦、今和次郎の民家の集落調査に同行。このときの民家研究が後の住宅作品に反映される。
早稲田大学建築学科を卒業し、1932(昭和7)年に大倉土木(現大成建設株式会社)に入社。
 1937(昭和12)年、処女作である<福本貞喜邸>を設計。
戦後の復興期以降、民家を取り入れた近代的な和風住宅である大熊喜英のスタイルは、一つのブームにまでなり、大熊喜英の住宅作品は建築雑誌を毎号飾る。
その一方で、大成建設設計本部のリーダーとして大型プロジェクトにも携わる。
 1963(昭和38)年に退職後は、フリーの建築家として仕事を続ける。
 1967(昭和42)年から亡くなる前月まで「民家の内部」を『建築東京』に連載し、その一部を『民家との対話』と題して1974(昭和49)年に出版する。
 1984(昭和59)年、没。
 
 
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