週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
北新宿 鎮守の 鎧神社
平将門は東国に勢力を広げ、
『江戸名所図会』には、新宿区北新宿三−二三−二に現存する圓照寺の紹介に続いて次のような一節がある。
<鎧明神の祠 圓照寺の
圓照寺の艮(東北)の方角に
伝説によると、将門討伐に向かう藤原秀郷の軍勢が中野からこのあたりに差しかかると秀郷が病に倒れ、薬もなく困り果てた。
すると夢に薬師如来信仰のお告げがあった。それに従うと秀郷の病がたちまち回復した。将門討伐の目的も果たして凱旋した秀郷は薬師如来像を祀る圓照寺を建立し、あわせて将門の神霊を篤く弔い将門の鎧を埋めて鎧神社を創建したというのである。
一説では、将門の弟
定説はないが、遠い昔から地元の人々は鎧神社を鎮守として尊崇してきた。だから、神社の境内には「よろい保育園」があり、町内には鎧米穀店などの看板が目立つ。
ここでは町と神社が溶け合っている微笑ましい風景が見られる。
(掲載号:03月04日号)
