週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
団子が 酒の さかな
明治の『東京名所図会』が根岸の食べ物の名物として「芋阪下の羽二重團子」と「笹の雪の豆腐」を挙げている。二つ共に平成の今も健在なのはめでたい。二店とも江戸時代の創業で、笹乃雪は元禄年間(一六八八−一七〇四)、羽二重團子は文政二年(一八一九)と伝えられる。
どちらも子規庵に近く、子規は「欧羅巴へ行く人の許へ根岸の笹の雪を贈りて」の詞書きがある「日本の春の名残や豆腐汁」という句を詠んでいる。また彼が「芋阪も団子も月のゆかりかな」と詠んだ羽二重団子は最寄駅が日暮里で、昔は根岸の内だったが、現在の所在地は荒川区東日暮里となる。子規もこの団子が好物だったようで、「芋阪の団子の起り尋ねけり」という句もある。
子規の親友で、彼の家をよく訪れた夏目漱石もこの団子のことは知っていて『吾輩は猫である』に、それが出てくる。春先、猫の主人の苦沙弥先生が泥棒に入られて綿入れの着物などを盗まれ、袷一枚で寒くて仕方ない。そこで体を動かせば温まるだろうと、折から訪れていた元の書生の多々良君に「多々良、散歩をしようか」と誘うと、こんな言葉が返ってきた。
「行きましょう。上野にしますか。芋坂へ行って団子を食いましょうか。先生あすこの団子を食った事がありますか。奥さん一返行って食って御覧。柔らかくて安いです。酒も飲ませますよ」(岩波文庫)
団子は焼き団子と餡団子の二種類で、焼き団子はしょうゆだけの味付けなので、酒の肴にもなるというわけである。今も、品書きに冷酒やビールが載っている。
芋坂は谷中から根岸に下る坂で、御隠殿坂などと同様鉄道の敷設で分断されてしまった。同店西の路地がその名残で、昔は付近の通称地名になっていた。
(掲載号:02月18日号)
