週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
講道館 発祥の 永昌寺
講道館(東京都文京区)といえば、柔道の総本山にもたとえられる。そこに今年四月、創始者の嘉納治五郎(一八六○−一九三八)の親族以外では初めての館長が誕生して話題となった。
嘉納治五郎は明治十四年、東京大学を卒業、教師として学習院に勤めていたが、翌年二月、下宿先の下谷・永昌寺の書院を道場として学生を集め、柔道を中心とした教育鍛錬を始めた。ときに治五郎は数え二十三歳。道場の広さは十二畳、入門者は九人だったと伝えられる。
彼はそれまで柔術といわれていた技術本位の武術を脱し、体育、護身、修身の道としてのいわゆる柔道を推進することに努め、道を講じるという意味で道場を「講道館」と名付けた。永昌寺での道場開設は十か月だったというが、講道館柔道は寺の一室から始まったわけである。
富田常雄作の柔道小説『姿三四郎』は映画やテレビドラマになったが、それに出てくる隆昌寺は永昌寺、登場人物の矢野正五郎は嘉納治五郎、姿三四郎は西郷四郎がそれぞれモデルといわれている。
永昌寺は戦国時代末期の永禄元年(一五五八)開山という浄土宗の古刹で、肥前(現長崎県)平戸藩主松浦家の菩提寺でもある。建物は新しくなり、三四郎が飛び込んだという池もなくなったが、今も治五郎の道場があった当時の旧北稲荷町・現東上野五丁目に建っている。
東京メトロ銀座線の稲荷町駅のすぐ近く、浅草通りと清洲橋通りとの交差点北西の清洲橋通りに面して正門がある。境内の南には自然石の「講道館柔道発祥之地」の石碑が建っていて、そばの石柱に碑の由来が記されている。昭和四十三年、講道館と台東区が明治百年と嘉納治五郎没後三十年を記念して建てたものである。
(掲載号:05月28日号)
