週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

みんな 廻るは 鬼婆ァ

 江戸時代、江戸では春秋の彼岸に「六阿弥陀参り」という行事が盛んだった。奈良時代の高僧行基作と伝えられる阿弥陀像が安置されている六か所の寺を巡拝するとご利益があるという信仰で、『東都歳事記』に「彼岸中都鄙 (とひ) の詣人道路に満つ」とあるようにそれぞれの寺や沿道は行楽を兼ねた善男善女で賑わった。

 一番 西福寺(現北区豊島)二番 延命寺(当時の下沼田村=足立区小台、現在は同区江北の恵明寺に合併)三番 無量寺(北区西ヶ原)四番 与楽寺(北区田端)五番 常楽院(当時の下谷広小路=台東区上野四丁目、現在は調布市の深大寺に合併)六番 常光寺(江東区亀戸四丁目)

 同書には、六寺の順序が五番−四番−三番−一番−二番−六番の順序で載っている。恐らく江戸市中からの参拝の順序を示しているのだろう。それにしても、全行程は六里・二十四キロになる。昔の人は健脚だったといっても、全部をお参りするのは難行苦行だったに違いない。「四五番で腰のふらつく六阿弥陀」「六阿弥陀みんな廻るは鬼婆ァ」なんて川柳もある。

 この六阿弥陀のうち江戸の中心に一番近かった常楽院は現在の上野広小路、ABAB(旧赤札堂)の辺りにあった。

『江戸名所図会』に「六阿弥陀第五番目なり」とあって老若男女の参拝で賑わう挿絵も載っている。

 関東大震災や戦災に遭って移転合併を余儀なくされたが、実は今、上野の地に別院が設けられていて模刻の阿弥陀像が祀られている。不忍池の西側にある宴会・結婚式場などの東天紅の裏通り、台東区池之端一−四−一の同店の敷地に建っているこぢんまりとしたお堂がそれである。

 六阿弥陀第五番常楽院とある門柱の中はこざっぱりと清掃が行き届き、阿弥陀さまも幸せそうである。

(掲載号:03月19日号)