週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

江戸には なかった 心中芝居

 君と寝やろか五千石とろか、と歌われた旗本藤枝外記と新吉原の遊女綾衣 (あやぎぬ) の心中事件を題材として『箕輪の心中』を書いた岡本綺堂は『綺堂劇談』で、この芝居を書いた理由の一つに江戸の芝居には心中を主題としたものがほとんどなかったことを挙げている。

 江戸時代、江戸や大坂などで男女の心中は珍しくなかった。享保年間(一七一六−三六)、幕府が心中に厳しく対処するようにしたのも、その増加に手を焼いたからである。『武江年表』には安政四年(一八五七)、二年前の大地震後、本所で 仮宅 (かりたく) ・臨時営業中の新吉原の娼家の一室で、客と遊女各二人の計四人が心中したとの記事があり、吉原始まって以来の事件と記されている。江戸中の評判になったと思われるが、これが劇化されたことはなかった。

 綺堂によると、江戸の芝居には、本筋ではなく一種の色取りとして心中のあるものはあっても、主人公の男女が心中を遂げて結末を告げるものは見当たらないそうである。

 これに対し大坂では近松門左衛門の『曾根崎心中』などに代表されるように心中が主題の芝居が多いように見える。だが、近松以後は、最後に男も女も救われる例が多いという。

 そこで、「近松の作を平素愛讀してゐるわたしは、それを何だか物足らないやうに感じて、心中といふ事件だけを主題として一つの狂言を書いてみようと思ひ立った」というわけである。

 このため綺堂は、最初は一幕物のつもりで第三幕の心中の場だけを書いた。だが、それだけではまとまらないので第二幕の外記屋敷を書き足して『演芸画報』に発表した。さらに明治座での上演に際し外記と綾衣が向島で忍び合う第一幕を書き足した。

 『箕輪の心中』は、結末から逆に書き始められた芝居でもある。

(掲載号:09月11日号)