週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
日本のお札と お雇い外国人 キヨッソーネ
どこの国でも、お札には政治家や文化人の肖像を使うものが多い。なぜだろう。
独立行政法人・国立印刷局にお札と切手の博物館(新宿区市谷本村町九−五)があって、そのホームページを開くと、こんな答えが出ていた。
<人間は、人の顔や表情を見分けることに慣れています。ほんのわずかな違いでもすぐに気が付きます。(中略)つまり、お札に肖像を使うのは、人間の特性を利用して偽造防止を図るためなのです>
昭和五十九年の新千円札に夏目漱石が登場したとき、森鴎外が選ばれなかったのは髪の毛の量によるという解説がまことしやかに流れたことがある。たしかに戦前からのお札の肖像画の歴史を見ると、
明治の日本は西欧諸国に追いつくため死に物狂いで近代技術の導入に努めたが、紙幣の国産化もその一つだった。
明治八年(一八七五)、大蔵省紙幣寮は紙幣の製造技術を学ぶためイタリア人彫刻師エドアルド・キヨッソーネを招いた。ジェノバの近郊に生まれ、優秀な銅版彫刻師として活躍していたキヨッソーネは当時四十二歳だった。
明治十四年に発行された一円札に神功皇后の肖像を描いたが、やはり西欧美人の面影がある。写実主義のキヨッソーネは印刷局の女子職員や貴婦人をモデルにして改良を加え、明治十六年発行の十円札では気品のある美しい神功皇后を登場させている。
キヨッソーネは紙幣だけでなく、地券状、印紙、切手などの凹版彫刻、製版を指導し、多数の日本人技師を育てた。お札と切手の博物館には、世界の珍しい紙幣や切手とともに、キヨッソーネの遺品も展示されている。
(掲載号:07月24日号)
