週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

浅草の お富士さん 浅間神社

 浅草観音の北方にある浅草警察署の斜め前、浅草五丁目の小高い場所に、小ぢんまりした朱塗りのお宮が鎮座している。浅間(せんげん)神社で、通称を「浅草のお富士さん」といい、神社前の学校名は、「台東区立富士小学校」である。

 神社は平成九、十年の修理で、社殿の外観はまだ古びていないが、江戸時代からの歴史がある。今の本殿内部には、明治十一年に造られた土蔵造りの本殿が保存されている。

 富士山信仰が盛んだった江戸時代初期に駿河(静岡県)の浅間神社を勧請したもので『浅草寺志』所収の「寛文十一年江戸図」に表記されているので、それ以前からの鎮座と推定されている。

 江戸の浅間神社や富士塚は人工の塚か自然の高い土地が選ばれたもので、浅草のお富士さんもそれに従っている。明治五年までは浅草寺の子院修善院が管理していたが、翌年からは浅草神社の管理となって現在に至っている。

 江戸時代から明治にかけては、駒込の浅間神社など他の神社や富士塚と共になかなか繁盛した。『東都歳事記』の六月一日の項に「富士参前日(五月晦日)より群集す」とあって、浅草のお富士さんを「浅草砂利場」として「別当浅草寺中修善院、當所わけて参詣多し」と記している。

 明治四十四年発行の『東京年中行事』には「就中(なかんづく)、浅草象潟(きさかた)町のは場所柄だけにこれらの中で最も繁昌するようで、富士横町通りには例の麦稈(むぎわら)の蛇の売店及び植木店雑貨店等、今年は三百八十二軒がずらりと並んだので、両日共に雑沓をおもんぱかって、午前八時から午後十二時まで牛馬諸車の通行を禁止した」とある。両日とは、新暦の六月三十日と七月一日である。

 今は毎年七月一日に山開きの行事を行っている他、五、六月の最終土、日曜日に植木市が開かれている。

(掲載号:06月12日号)