週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

浅草寺 弁天山 時の鐘

 浅草観音・浅草寺境内の南東、鐘楼のある小高い一画を弁天山という。昭和五十八年に再建された中央の堂に慈覚大師作と伝えられる弁財天が祀られているからである。

 縁日の巳の日には、堂内に入って親しく拝むことのできる弁天像は白髪姿のため「老女弁天」と呼ばれている。神奈川県藤沢市の江ノ島弁天、千葉県柏市の布施弁天と共に関東三弁天の一つで、特に小田原北条氏の信仰が厚かったという。

 この一風変わった弁天さまと並んで弁天山で有名なのは、堂横に建っている鐘楼の鐘である。正真正銘の江戸時代の時の鐘の一つで、「花の雲鐘は上野か浅草か」と芭蕉が詠んだ浅草の鐘に他ならない。

 上野の鐘も、上野公園内に残っている。共に今も毎朝六時には鳴らされているので、車などの騒音がなければ、二つの鐘の音を同時に聞くことのできる場所が現在でもあるかもしれない。

 大晦日には除夜の鐘としても撞かれる弁天の鐘は、総高二・一二メートル、口径一・一六メートルで、元禄五年(一六九二)、時の将軍徳川綱吉の命で改鋳された。このとき、彼の寵臣下総(千葉県)関宿藩主牧野成貞が黄金二百枚を寄進し、その利息で鐘撞役の給料をまかなった上、鐘聞き料も徴収せずにすんだという。

 本堂に向かって左側の斜面には、寛政八年(一七九六)に造られたという芭蕉像と彼の句を刻んだ石碑が建っている。残念なことに碑面が磨滅していて像も句も確認できないが、下部に座像、上部に「くわんをん(観音)のいらか見やりつ花の雲」とあったと記録されている。

 この他、弁天さまは芸道の神でもあるところから、日本舞踊の花柳徳太郎氏が建てた一際目立つ「扇塚」なども見逃せない。

(掲載号:05月22日号)