週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
紅葉と いえば 正燈寺
江戸の紅葉の名所といえば南品川の名刹
「竜泉寺町にあり。…当寺の後園
『江戸名所図会』はこう記している。だが刊行が同書の二年後の天保九年(一八三八)になる『東都歳事記』の「
文政十年(一八二七)発行の『江戸名所花暦』も紅葉の名所として取り上げているものの、最近は見物を許していないが、庭に入っても敢えてとがめず、掃除がゆきとどいていないのを恥じているようだと、何か歯切れの悪い書き方をしている。そして「明和、安永の頃は、
同寺の紅葉は一七六四−八〇の頃が最盛期で、「紅葉」は正燈寺の代名詞みたいなものだった。ただし、正燈寺の紅葉狩りは別の目的によく利用された。
「海晏寺真ッ赤な嘘のつきどころ」と同じで、江戸の紅葉の名所には何故か近くに遊廓があった。海晏寺の場合は品川宿だが、正燈寺には江戸一番の歓楽街・新吉原がすぐ近くに控えていた。不心得な男どもが見過ごすはずがない。
吉原は紅葉踏み分け行く所
しかし、女たち、特に女房ともなれば、そんなことはとっくにお見通しだった。
是がかこつけの寺さと内儀同士
(掲載号:12月13日号)
