週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
竜泉寺町 樋口一葉 記念館
竜泉(寺)といえば、本郷菊坂と共に明治の女流作家樋口一葉を思い起こす人が多いかもしれない。彼女が菊坂から当時の下谷竜泉寺町三百六十八番地の長屋の一軒に越してきたのは、明治二十六年七月二十日だった。
「此の家は、下谷よりよし原がよひの只一筋道にて、夕がたよりとゞろく車の音、飛びちがふ
一葉の日記『塵の中』の一文で、車というのは人力車である。壁一重の隣はその車引きの男たちが住んでいた。
この年、数え二十二歳の彼女は五十六歳の母多喜、二十歳の妹邦子との三人で、そこに荒物と駄菓子の店を開いた。日記には、商品の仕入れの金の工面に苦労するありさまも綴られている。
薮蚊の大群にも悩まされた。「この蚊なくならんほどは、綿入きる時ぞとさる人のいひしが、冬までかくてもあらんこと侘し」とも嘆いている。
長屋は遊廓の新吉原に近くて車の他にも人通りが多く、商売は順調だったらしい。だが一家は翌年五月一日、本郷の丸山福山町(現文京区西片一丁目)に引っ越した。
文学活動に専念するためで、同年末に『大つごもり』を雑誌『文学界』に掲載したのを始め、竜泉寺での見聞を元に書いた『たけくらべ』などを次々世に出した。だが明治二十九年十一月二十三日、結核のため二十五歳で亡くなった。
今、通称茶屋町通りの北側、竜泉三—十五—二の歩道に「樋口一葉旧居跡」の石碑が建っている。またすぐ近くに昭和三十六年に建設された台東区立一葉記念館が、地上三階・地下一階に大きく前面改築されて平成十八年に再開館した。『たけくらべ』の草稿や手紙、短歌の短冊などが展示されている。月曜休館。
(掲載号:12月06日号)
