週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
千束稲荷 龍泉寺 竜泉寺町
東京メトロ日比谷線三ノ輪駅の南方、昭和通りと国際通りに挟まれた台東区竜泉二−十九−三にお稲荷さんが鎮座している。通称を千束稲荷といい、『江戸名所図会』の「千束郷」の記述の中に「この
同書は「千束郷」の説明で、最初に「竜泉寺町の辺、今僅の地をいへり」と記している。竜泉寺町は現在の竜泉の前身で、当時、つまり十八世紀末から十九世紀初期にかけての千束は、このお稲荷さん周辺の狭い地域を指すだけの町だったのだろう。
東京都神社庁発行の『東京都神社名鑑』によると、千束稲荷の創建は十七世紀中ごろの寛文年間と伝えられているという。それより遥か昔の鎌倉時代に相模(神奈川県)の北条氏の家臣が神社と共に千束郷開墾のために移住したとの説もあるが、実証は困難で、神社としての形は江戸時代初期に整えられたとするのが妥当としている。
そのころ、北千束郷の氏神となり、後に竜泉寺村や町ができたときに竜泉寺の氏神として崇められるようになった。竜泉寺の地名は千束稲荷から程近い竜泉二—十七—十五に建っている真言宗の古刹龍泉寺に由来している。同寺は十七世紀初期、慶長から元和のころの創建と伝えられ、いつしか付近は竜泉寺村と呼ばれるようになった。
それが十七世紀後期の延宝のころ、村南西部が町奉行支配となって竜泉寺町になった。竜泉寺という名の村と町が並存したわけである。
この状態は明治になっても続いた。しかし明治二年、町は村と区別するため、寺を取って下谷竜泉町となった。同二十四年、村部分も町に編入されて再び下谷竜泉寺町となり、昭和四十年から四十一年にかけて現行の竜泉一—三丁目が成立した。
(掲載号:11月29日号)
