週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
近藤勇の 試衛館と 虎鉄の話
<もともと越前の人で、はじめはすぐれた甲冑師であった。ところが大阪ノ陣がおわってから甲冑の需要がなくなったため、決意して江戸に出、刀鍛冶に転向した。このとき五十である。晩年に転業してしかもその道で名人の名をのこすなどは、奇蹟にちかい>
近藤は刀の知識は深くなかった。ただ鋭利さ抜群という虎鉄の名に引かれて、芝
清麿は信州小諸藩の出身。上田で鍛刀を学んだあと江戸に出て四谷北伊賀町(新宿区三栄町)に住んだので、その作品は「
そのせいか近藤は清麿を虎鉄と言い張った。のちに近藤は虎鉄の真作を手に入れるが一番の愛刀は清麿だった。
近藤の剣術道場「試衛館」跡(新宿区市谷柳町二五)には、<この道場で土方歳三や沖田総司が腕をみがいていました>との標識が立つ。清麿宅は「試衛館」から南へ一キロメートル足らずのところにあった。
さらに南へ新宿通りを渡った寺町の一角、宗福寺(新宿区須賀町一〇)には、清麿の墓があり、新宿区の指定史跡になっている。不思議な因縁といえようか。
(掲載号:11月08日号)
