週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
東野先生墓 采女塚の碑 其の
橋場、清川、東浅草など浅草北部の寺院には、遊女高尾の墓など江戸時代の硬軟取り混ぜた人物の遺跡がいろいろ残っている。
『江戸名所図会』に「東野先生の墓」とあって「福寿院といへる禅林にあり」と記されている福寿院は、橋場一-十六-二に現存している。
「先生は下野の人、
『図会』が簡潔に説明しているように、安藤
その墓は今、福寿院門前の斜め前、民家に隣接して建っていて都の旧跡になっている。
福寿院からほど近い清川一-十三-十三の
人々は哀れんで池の近くに塚を建てた。「采女塚」で、『江戸名所図会』にも載っているが塚の本体は失われ、文化元年(一八〇四)大田蜀山人らが出山寺に采女塚の石碑を建てた。
同寺には、俳人宝井其角ゆかりの句碑もある。寛政五年(一七九三)、姫路藩主の弟でありながら絵師や俳人として世を送った酒井
右側面には「くさぐきの今にのこるや人の口
(掲載号:10月11日号)
