週刊新潮「タワークレーン」
霊泉の 湧いた 水稲荷
東京メトロ東西線の早稲田駅を降りて、早稲田通りを西へ歩くとすぐ 流鏑馬 行事で有名な 穴八幡宮 ( の前に出る。八幡宮前の交差点を北に渡ると龍泉院、さらに北に歩くと左側に宝泉寺(新宿区西早稲田一-一-二)がある。
宝泉寺は平安時代、 藤原秀郷 ( の草創と伝えられる。秀郷は一名、 俵籐太 ( 。関東で反乱を起こした平将門を天慶三年(九四〇)に討ち取った英雄である。室町時代には 扇谷 ( 上杉氏や牛込氏など名門の庇護を受け、隣接していた 水稲荷 ( 神社の別当寺(神社に隣接して置かれた寺院)であった。
水稲荷の由来にも太田道灌が登場する。境内に道灌手植えの榎があり、元禄時代にその榎の空洞から霊水が 滾々 ( と湧き眼病の特効で庶民の信仰を集めた。だが、榎は昭和の戦災で消失した。さらに、 富塚 ( と呼ばれた古い円墳があり、これがなまって戸塚の地名が生まれたという説がある。
神社の旧社地は、現在の早稲田大学九号館のあたりになる。昭和三十年代に早稲田大学が校有地との交換で大学構内を広げたため、水稲荷神社は新宿区立 甘泉園 ( 公園(徳川御三卿の清水家の下屋敷跡)脇に引っ越した。それと同時に境内にあった富塚跡、高田富士塚跡などの遺跡も移転し、復元公開されている。
宝泉寺前をそのまま進むと右手に大隈講堂、大隈庭園が現れ、通りを挟んだ左手は早稲田大学正門である。いかにも学生の街らしい賑やかな大隈通り商店街を通り抜けると新目白通りで、都電荒川線の終点・早稲田駅がある。最近人気の高い路面電車が、サクラ並木の神田川沿いをのどかに走っている。
神田川に架かる 面影橋 ( も伝説の多い名所だし、甘泉園公園や水稲荷神社も近い。東西線の早稲田駅から都電の早稲田駅まで一キロ余に文化遺産が繋がっている。
(掲載号:12月07日号)