週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

本法寺 はなし塚 熊谷稲荷

 東京メトロ銀座線の田原町駅の南、台東区寿二‐九‐七に本法(ほんぽう)寺という日蓮宗の寺がある。その門前に立つと三遊亭円生とか柳家小さん、古今亭志ん生など大勢の落語家や寄席の名前が朱字で印された石塀がまず目につく。

 それに釣られるように境内に入ると、「はなし塚」と刻まれた大きな石碑が一隅に建っている。太平洋戦争勃発直前の昭和十六年十月に建てられたもので、戦時の世相を今に伝える記念碑でもある。

 日中戦争も四年を経過して軍国一色に塗りつぶされた当時、あらゆる階層に戦争への協力が求められた。落語界も例外ではなかった。

 よりより協議の結果、演題を甲・乙・丙・丁に分類し、「明け鳥」「五人廻し」「木乃伊(みいら)取り」など廓や酒を題材とした丁種の噺を自粛して高座に掛けないことにした。いわゆる禁演落語である。さらに、当時の講談落語協会や席亭などが塚を建立してこれら五十三種の台本を納めた。

 はなし塚の由来だが、戦後は当然この受難から解放され二十一年九月、碑の前で禁演落語の復活祭が行われた。そのとき、代わって戦時中に作られた軍国落語の台本が納められたという。

 このはなし塚の斜め前には熊谷稲荷のお堂がある。『江戸名所図会』の「金竜山浅草寺」の項に「本堂の後の方にあり。熊谷安左衛門といへる人勧請す」と記されているお稲荷さんである。

 安左衛門も菩提寺が本法寺なので浅草寺から移されたもので、江戸時代には大変繁盛したという。本法寺が出している由来書きによると、お稲荷さんのお使いのキツネにはさまざまな種類があり、中でも白狐は人間に福徳をもたらすので、福狐(ふつこ)といわれている。熊谷稲荷のお使いはその福狐で、特別に霊験あらたかだそうである。

(掲載号:02月16日号)