週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

売り物が 変わって ホオズキ市に

浅草観音・金竜山浅草寺境内で七月九・十日の四万六千日に立つホオズキ市は、東京の夏の風物詩としてすっかり定着している。千成りホオズキを売る店が所狭しと並ぶ境内は、毎年人の波で埋め尽くされる。

ただ、同寺のホオズキ市の歴史はそんなに古いものではない。明治以前の四万六千日では別の物が売られていた。

『東都歳事記』を見ると、七月九日の項に「観音千日参今明日 世俗四萬六千日ともいふ・・・・・・」の後に「浅草寺 両日の間晝夜参詣の老若引きもきらず。境内本堂の傍にて赤き 蜀黍 ( とうきび を商ふ、詣人求めて雷難除の守りとす」とあって、ホオズキについては何も記されていない。

これが明治四十四年に出版された『東京年中行事』には「当日、出店商人の売物は雷除けの 玉蜀黍 ( とうもろこし と、虫切になると言う枝付の千成青 鬼灯 ( ほおずき とが主で、今年の鬼灯店は百八十九軒、玉蜀黍は一軒あり・・・・・・」とあって、当時はもうホオズキがトウモロコシを圧倒している。

浅草観光連盟発行の『植木市とほおづき市』によると、江戸時代には理由は不明だが小豆色の赤トウモロコシが雷よけのまじないになるというので売られていた。ところが明治になってトウモロコシが不作で出店のなかった年があり、参詣者の要望で、寺が竹串に挟んだ三角の「雷除守護」を出すようになったという。

ホオズキ市は現港区愛宕神社の千日参り(六月二十四日)に立ったものが“先輩”で、『東都歳事記』に記されている。「境内にて青 酸醤 ( ほおずき ( あきな ふ。詣人是を服して ( しゃく 或は小兒の虫の根を切るといふ」。『東京年中行事』にも同様の記述がある。

同じような千日参りという事で、いつしか浅草寺にもホオズキ市が立つようになったのだろう。

(掲載号:07月06日号)