週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
道灌伝説 山吹の里 今いずこ
上杉定正の家臣で、数々の合戦に勝利を収めたが、知略に優れていたのを
寛政六年(一四六五)京に上った道灌は、室町幕府八代将軍の足利義政に拝謁する。義政には飼い猿がいて見知らぬ客があると引っかくなどの悪戯をした。これを聞いた道灌は猿の飼育係を買収して猿を借り受け、出仕の装束を付けると飛びかかる猿を鞭で思い切り叩き続けた。
出仕の当日、義政は猿を道灌の通り道につないでおいたが、猿は道灌が近付くと恐れ入って頭を下げてしまった。道灌が悠々と衣紋の襟を正して通り過ぎたので、「タダ者ではない」と義政が感じ入ったという話が、江戸時代の随筆『
江戸城の環境を簡潔に表現した道灌の和歌がある。
我が
この一首、江戸城内での作とも、また、京都で将軍義政の下問に答えた時の詠とも伝えられるが、道灌の歌才を十分に窺うことができる。
有名なのは道灌が武蔵野で雨に遭い、雨宿りを願った農家で、若い娘から山吹の一枝を差し出されて戸惑ったという逸話である。その心は、<七重八重花は咲けども山吹の
『江戸名所図会』には、山吹の里の伝承地が<高田の馬場より北の方の民家の辺>とあり、新宿区や豊島区に今も伝説が残っている。
(掲載号:10月19日号)
