週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
門前町 通称は ざん町
町名の由来はさまざまだが、その町に多い職業や商売を町の名にした例は少なくない。大工町、鍛治町、紺屋町、桶町、呉服町、畳町など江戸ばかりでなく、各地の城下町にある町名で、その職業、商売がすぐわかる。
しかし職業、商売に由来しているという町名でも、それがどんなものなのか全く見当のつかないものがある。『御府内備考』に載っている「ざん町」はその一つで、由来がわかっても、どうしてそういう名になったのか、なかなか理解できない。
鳥越神社のすぐ東北に、今も寿松院という浄土宗の寺がある。嘉永年間(一八四八-五四)の切絵図を見ると、寺の南側と北側はそれぞれ細長い門前町となっている。ちなみに寺の裏側は元鳥越町、東側は後に埋め立てられた新堀が流れていた。現在の同寺の山門は南に面しているが、切絵図の時代は東、新堀の通りに面していた。
『御府内備考』には、絵図にあるように「門前北の方を北門前と往古より里俗に唱候」とあって、その後に「但右北門前の義は字ざん町と唱候」と記されている。北側の門前町は一般に「ざん町」と呼ばれていた、というのである。
その由来は、ここは昔、雑穀商が多かったからとしている。さらに同書が編纂された十九世紀初期の文政の頃も和泉屋嘉兵衛、泉兵左衛門の二人が代々続く雑穀商を営んでいる、ともある。
雑穀がなまって、いつの間にか「ざん」になったのだろうか。その経緯は今一つはっきりしない。とはいえ、正式な町名ではないものの、ざん町も商売に由来する例の一つに違いない。
現在は鳥越二丁目の内で、中小企業の事務所や普通の住宅などが混在している下町の一画という感じで雑穀商は見当たらない。
(掲載号:11月09日号)
