週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
車庫前 改め 桜上水
江戸の花見の名所といえば上野、向島、飛鳥山などがあげられる。いずれも8代将軍徳川吉宗の積極的な桜の植樹奨励策によるもので、庶民の花見もこの頃から盛んになったようである。
玉川上水に沿った西郊の
玉川上水の両岸には松や杉が植えられていた。木が根を下ろし堤防の決壊を防ぐのだ。これが桜なら花見客を誘って堤防を踏み固めることもできる。さらに、桜の樹皮や花には消毒効果もあると考えられていた。花見客で賑わえば村にも活気が出ると、深謀遠慮の策だったようである。
上水の消毒効果はさておいて、桜湯や桜餅の香りはおなじみの通り。『武江年表』の享和(1801-1804)年間記事には、こうある。
<小金井村の桜、(中略)享和の頃より
桜の苗が植え込まれてから60年余を経て、小金井に爛漫の春が到来、吉宗のねらい通り風流人たちで大賑わいというのである。
桜が上水沿いの人々に愛されたのは言うまでもない。京王電鉄(大正2年4月営業開始)の
(掲載号:03月31日号)
