週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

文明開化 牧場から 桜の街へ

 千葉県成東町(なるとうまち)に生まれた歌人の伊藤左千夫(いとうさちお)は、明治二十二年、本所茅場町(現・墨田区江東橋)に牧場を開いて、高らかに歌った。

 牛飼(うしかい)が歌よむときに世の中の新しき歌大いにおこる

 左千夫の牧場があったのは、いまのJR錦糸町駅南口のあたりである。

 明治二十五年生まれの作家、芥川龍之介の父も牛乳屋で新宿二丁目などに牧場を持っていた。また、雑誌『文藝春秋』の名編集長で鳴らした池島信平は、明治四十二年に本郷春木町(現・文京区本郷三丁目)の牛乳屋の次男に生まれたが、池袋に牧場があったという。

 文明開化の息吹ともに都内に誕生した牧場は、東京の発展でしだいに近郊に場を移していった。だから、昭和初年の近郊私鉄沿線にのんびり草を食む乳牛を見ることも珍しくなかった。『新修世田谷区史』(世田谷区編)に昭和六年の畜産統計が出ているが、区内に飼い牛が七一二頭、うち二七五頭が乳牛とある。

おもしろいのは、大正三年に当時の東京府荏原郡(えばらぐん)上北沢(かみきたざわ)村(現・世田谷区桜上水)に設けられた三井牧場である。これは牛乳屋ではなく、財閥の三井合名会社が三井一族約百人に必要な牛乳を搾るために設置したもので、坪七円で約三万坪を買い求め、輸入した約十頭のホルスタイン種の乳牛を飼っていた。飼育棟はオランダ風で、目新しいサイロがあり、異国情緒を漂わせていたという。

 いまの世田谷区桜上水(さくらじょうすい)四丁目あたり、この牧場の跡地は桜上水団地などの近代的な住宅地に生まれ変わり、もう往時の面影はない。

世田谷区には、(さくら)桜丘(さくらがおか)桜新町(さくらしんまち)と桜のつく町名が並ぶが、この桜上水も、団地周辺をはじめ、日本大学文理学部前、北沢川緑道などの桜並木が春ごとに桜吹雪を舞わせることで有名だ。

(掲載号:04月07日号)