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週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

世田谷・代田(だいた)に 巨人伝説の ダイダラボッチ

 巨人伝説は、洋の東西を問わず、雄大である。

 ギリシア神話のアトラスは、地球の西端で蒼穹を支えているという。アトラス(地図帳)の語源もこれから出ている。日本の『出雲国(いずものくに)風土記(ふどき)』には豪快な国引き神話がある。大陸移動のプレートテクトニクスさながらに神様が沖合いから国土を引き寄せるのだ。

 民話の世界に登場する巨人は、東日本のダイダラボッチ(だいだら法師)、九州の大人弥五郎(おおひとやごろう)である。

 京王線にある代田橋(だいたばし)駅(世田谷区大原)の名は、この巨人伝説の故郷として知られている。江戸時代に玉川上水に架けられた橋で、天和二年(一六八二)成立とされる戸田茂睡(とだもすい)の地誌『 (むらさき)一本(ひともと)』に、〈だいだぼっちが懸けたる橋のよし〉と紹介された由緒のある地名なのである。

 茂睡は〈だいだぼっち〉と書いているが、世田谷の民話にはダイダラボッチの活躍が生き生きと伝えられている。

 そのあらすじは——

 〈ある冬、世田谷の村はきびしい北風で森も畑も屋敷も震えあがる日が続いた。ところが、ある日、その北風がぴたりとやみ、春の日ざしが降りそそいだ。村人が北の空を仰ぐと、ふしぎなことに男体山と浅間山の頂きに棹をかけて大きな布の着物が下がり、北風を防いでいた。

 その夜、代田の丘と野をのっしのっしと歩きまわる大男がいた。巨人は水の湧き出る沼を造り、橋を架け、田畑を(ひら)いた。村人が物陰から見ると、仕事を終えた巨人は、筑波山に腰をかけ、長いキセルに浅間山の火をもらって、ゆっくりと一服していた。〉

 代田では、 守山(まもりやま)付近〈現・守山小学校付近〉の窪地をダイダラボッチと呼び、巨人の足跡と言い伝えている。いま、田畑は市街化し、代田橋は姿を消したが、地名は懐かしい文化財である。

(掲載号:04月28日号)