週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
連綿と 俎開き 報恩寺
伊能忠敬や幡随院長兵衛の菩提寺・東上野の源空寺の正門前の道路を南、浅草通り方向へ向かうと、同じ側に坂東報恩寺が建っている。真宗大谷派の寺で、『江戸名所図会』に「当寺は下総国豊田の庄横曽根にある事数十世……終に武州に移り」とある。
親鸞の高弟
所在地はこのように変わっても、「
若月紫蘭著の『東京年中行事』に一月の行事として「報恩寺の俎開(十二日)」が取り上げられ、詳細なルポ記事が載っている。
「書院正面の床の間には開基性信上人の画像がかかげられ、下総国岡田郡の飯沼天満宮から献上した目の下一尺許りの
この鯉を住職以下役僧が見守る中、烏帽子に大紋の装束を付けた料理人が大俎の上で箸と包丁を使ってさばいていく。同書はこの儀式が「六百七十八年前の昔から今(明治四十四年)に至るまで、連綿として絶えた事のないという」とも記しているが、これが平成の現在も続いている。
ふだんの同寺では、境内の銅鐘が見ものである。慶安元年(一六四八)、当時の名鋳物師堀
(掲載号:07月07日号)
