週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

町名から 生まれた 梅の公園

 毎年春の梅まつりで知られる世田谷区の 羽根(はねぎ)木公園(世田谷区 代田 (だいた)四‐三八‐五二)には紅梅一七〇本、白梅五三〇本という梅林がある。小田急線の梅ヶ丘駅から徒歩三分。名所にぴったりの駅名だ。

 しかし、樹木の生い茂ったこの公園に明治の頃まで梅はなく、山桜の古木が一本だけだったというから面白い。江戸時代には鍛冶屋の六郎次が住んでいるというので六郎次山と呼ばれたが、近代に入って東武鉄道の創業者根津嘉一郎の別邸が設けられて、 根津山(ねづやま)が通称になった。

 太平洋戦争の末期、付近に駐屯していた旧陸軍部隊がこの根津山の樹木を伐採して燃料にしたため荒廃し、戦後は都立公園として公開された。これが昭和四十年に世田谷区に移管されて独自の公園づくりが始まる。ちょうど新住居表示の実施で、旧世田谷二丁目が分割されて 梅丘 (うめがおか)と豪徳寺という二つの町が生まれたところで、昭和四十二年、区会議員が音頭を取って、地名にふさわしい公園にしようと梅の植樹を始めた。その後も東京百年、世田谷区制四五年などの機会をとらえて積極的な植樹が続き、現在の梅の名所ができたのである。

 梅ヶ丘の駅名は、近くの旧家の梅の古木が目について生まれたという。その駅名から町の名が生まれ、さらに地元の努力で町名にふさわしい町がつくられたわけである。

 羽根木という風変わりな地名は、赤土を意味する(はに)と関連があるようだ。由来は明らかではないが、隣接の松原には半田(はんだ)(埴田)、赤羽根(あかばね)などの古い地名があり、また松原の西隣には赤堤(あかづつみ)の地名がある。

 もっとも羽根木公園の所在地は代田で、実の羽根木は少し北になる。ここが昔は羽根木の飛び地だったからで、地名に羽根が付いたのも複雑な飛び地があったためだという説もある位だ。

(掲載号:08月04日号)