週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

合羽橋 伝説の かっぱ寺

 十九世紀初めの文化年間、現在の浅草「かっぱ橋道具街」の辺りに合羽川太郎という合羽商が住んでいた。周辺は水はけが悪く、住民はいつも出水に悩まされていた。

 義侠心に富む川太郎は私財をなげうって堀を掘り、住民の悩みを解消した。この掘削工事中、以前川太郎に命を救われたことのある河童が、恩返しに工事を手伝った。

 合羽橋の由来で、雨合羽商人と空想の動物河童がかかわっている伝説である。このとき掘削された堀が、今は暗渠となっている新堀川と伝えられる。しかし、新堀川ができたのは文化年間より約百五十年も前の万治二年(一六五九)のことである。だから、川太郎伝説は改修工事にまつわってできたのかもしれない。

 ともあれ、この伝説の人物と河童が現在も地元の寺で大事に供養されているというのが、人情味豊かな土地柄を感じさせる。

 合羽橋交差点から合羽橋本通りを西、上野方面へ行くと右手に曹源寺という曹洞宗の寺がある。地元では「かっぱ寺」と呼ばれている。

 参道から境内に入ると、すぐ右に工事を手伝った河童が祀られている河童大明神のお堂がある。堂の傍らには川太郎の墓があり、墓石には「てっぺんに手向けの水や川太郎」の句が刻まれている。

 河童大明神は商売繁盛を始めとして水・火難除け、縁結び、子授け、安産、芸道上達などあらゆる願いを叶えてくれるが、特に水に縁のある商売にはご利益が著しいそうである。その上、誤ってお札などを踏んでも罰を当てない寛大な神さまでもある、という。

 寺ではお札の他、左手に財宝袋を持ち、右手で客と福を招く姿をした高さ十センチ余りの今戸焼きの河童大明神の立像を頒布している。お供えは、もちろん好物のキュウリと水に限る。

(掲載号:09月01日号)