週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
伊賀忍者 服部氏と 六所神社
東京の西郊・世田谷の住宅街の真ん中を二両連結でのんびり走る東急世田谷線は、懐かしい路面電車情緒をたっぷり味わわせてくれる。
東急世田谷線の松原駅を降りて、閑静な町並みを東南へ三分も歩くと
六所宮とか六所神社というのは、六つの神社を合祀したお宮のことである。武蔵国の総社として知られる府中市の大国魂神社は武蔵の主要な六神社を合祀している。武家の棟梁となった源頼朝が尊崇したため、その後も武士の信仰を集め、江戸時代に入っても領内の豊作と安全を願って各地に六所神社が勧請された。
因みに、神奈川県大磯町の六所神社も相模の総社で有名だが、こちらは相模の主要な六神社を合祀しており、祭神は大国魂神社とは異なる。
世田谷区赤堤の六所神社を奉斎した服部氏は、伊賀(三重県西部)の出身で、忍者のリーダー服部半蔵に連なる一族らしい。天正十年(一五八二)本能寺の変で織田信長が明智光秀に討たれたとき、徳川家康は旅先の堺にいて窮地に陥った。供にいた服部半蔵がこのピンチを救った。家康を護衛して伊賀の峠を越え、ぶじに本拠地の三河へ帰還している。
世田谷の服部氏はそのころ宇治田原(京都府南部)にいたが、この伊賀越えの際に直ちに手勢を率いて家康の案内を務めたという。旗本に登用され、天正十八年(一五九〇)家康の関東入りに従って赤堤村などを所領とした。
近くの西福寺(同区赤堤三−二八−二九)は服部氏の菩提寺である。
(掲載号:09月22日号)
