週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

西方浄土 九品仏の 阿弥陀像

 東急大井町線の九品仏(くほんぶつ)駅。のどかな郊外駅の改札口を出て北へ歩くとすぐ「浄真寺参道」の大きな石碑が立っている。そこから樹木に覆われた石畳の参道がまっすぐ寺の総門に続いている。

 浄真寺は広さ約十二万平方メートル(三万六千坪)。戦国時代に築かれた奥沢城の土塁が今も周辺に残り、境内には樹齢七百年といわれるカヤ(都指定天然記念物)など古木が多い。

 参道は総門まで約百五十メートル。両側の樹木にサトザクラ、クロマツ、マテバシイなど丁寧に名札が付いている。樹皮の滑らかな高木に解説があった。「ムクロジ 昔、種子を追い羽根の珠に、果皮を石けんに使いました」。閑静な参道が小さな植物園になっている。

 総門を入って西に折れると重厚な二層の仁王門に面する。一対の仁王像、楼上に阿弥陀如来と二十五菩薩像が安置されている。この仁王門を潜ると西方浄土の世界という寺院配置なのである。

 浄真寺の開山は江戸時代初期の高僧珂碩(かせき)上人で、延宝六年(一六七八)のことという。

 仁王門を入ると右手に本堂が西を向いて建てられている。中庭を隔てて本堂と向き合うように東を向いて三つのお堂が並ぶ。これが三仏堂で、北から中品堂(ちゅうぼんどう)上品堂(じょうぼんどう)下品堂(げぼんどう)と呼ばれ、それぞれ三(たい)ずつ阿弥陀如来像が祀られている。金箔の荘厳な阿弥陀像は少しずつ印の結び方を変えて阿弥陀様の九つの相を示す。ここから品仏の名が出ている。

 本堂が現世、向かい合った三仏堂が西方浄土を表しており、本堂に安置された釈迦如来が浄土を望み、三仏堂の阿弥陀様が西方から衆生済度を約束してくれるのである。

 三年に一度、八月十六日に行われる「お面かぶり(来迎会(らいごうえ))」行事では、本堂と上品堂の間に橋を架け、菩薩の面をかぶった信者たちが現世と浄土を結んでみせる。

(掲載号:10月27日号)