週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
内藤新宿 多武峯神社 と駿馬塚
馬の顔は、なぜ長いのか。その理由を、
〈馬の顔が長いのは、目と口が離れていることで、草を食べながらでも周りに注意することが出来るからである〉
肉食獣が近づくと一目散に逃げる。だから走る力を身につけた。角や牙もなく、攻撃的ではない。逃げるほかに武器はないから周囲に対して注意深く、知的になる。草原で群をなして棲息しているから協調性や従順さがある。
馬の利用を習得して人間の歴史は変わった。紀元前六世紀のペルシア帝国で、早馬の駅伝制ができると、それまで徒歩一一一日の行程がわずか七日間で結ばれた。軍事と情報の驚異的は革命だった。
馬の飼育が日本に、いつごろ、どのように入ってきたかは明確ではない。しかし、五世紀には大陸から乗馬の風習が伝えられており、各地の古墳から馬具が出土している。古代の関東各地には牧場が営まれ、次の時代には、そこから東国武士が誕生した。
天正十八年(一五九〇)、江戸に入った徳川家康は、まだ原野だった西郊に出て、功臣の
内藤清成の拝領地は信州
御苑の東に接した新宿区内藤町一番地に内藤家の
(掲載号:11月24日号)
