週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

立源寺 長屋門 岡田の森

 自由が丘に昔の地名・ 谷畑(やばた)の面影を残す谷畑弁天から東横線の線路沿いに北、都立大学駅方面へ200m余り進んで踏み切りを東へ渡ると、左手に立派な山門や本堂が建つお寺がある。日蓮宗の 立源寺(りゅうげんじ)で、地名は目黒区中根に変わる。

 寛永元年(1624)、碑文谷法華寺(現円融寺)の日運上人によって創建された。初めは同寺の末寺だったが、法華寺が他宗の施しを受けず、また施しをしないという不受不施の教義で幕府から弾圧されたとき、同寺を離れて日蓮宗の大本山・身延山久遠寺の末寺となって難を免れ、現在に至っている。

 本堂には、木造の三宝尊像(南無妙蓮華経を記した上に宝珠形の天蓋を配した中尊を中央に、左に釈迦如来、右に多宝如来を配している像)が安置されている。元禄11年(1698)法華寺が天台宗に改宗させられたとき密かに同寺から移されたもので、像内に寛文3年(1663)に鎌倉の今井善右衛門吉次という仏師が制作したという銘文が記されている。

 立源寺前を東へ進むと、間もなく同じ側に上部が白壁の堂々とした長屋門が建っている。岡田家の“現役”の門である。岡田家は代々旧(ふすま)村の名主を務めた家柄で、長屋門は江戸時代に造られた。門は初めワラ葺きだったが、昭和15年に安政の地震や関東大震災で傷んだ門を大修理したとき、現在のような瓦葺きに改めたという。

 この付近は昔「岡田の森」と呼ばれたほど木々がうっそうと茂っていた所でもあった。その面影は、岡田家の裏手に方に広がっている中根公園に残っている。

 中心部分は広場で、ごく平凡な公園のようだが、岡田家に近い方の斜面は極端にいうと草木が生い茂る山道のようになっている。一見の価値は十分にある。

(掲載号:01月01日・08日合併号)