週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

古典の景観 喜多見の 氷川神社

 江戸のご先祖、江戸氏の墓所がある慶元寺のすぐ北に接して喜多見の氷川神社(世田谷区喜多見4-26-1)がある。神社の西側は狛江市だから、ここは世田谷区の西端ということになる。

 幕末の天保5年(1834)から7年にかけて刊行された『江戸名所図会』に、この氷川神社と慶元寺が江戸氏ゆかりの社寺として詳しく紹介され、両面見開きの挿絵が添えられている。背景に丹沢山地が連なる田園の中央に宏壮な境内を持つ慶元寺があるが、その本堂や庫裏はあきらかに草葺きの屋根であり、しかも 善寺 ( とうぜんじ 隣接地にはいまは存在しない(廃寺)が描きこまれている。いかにも百数十年の昔という風景である。

 ところが、慶元寺のすぐ奥手に描かれた氷川神社の参道だけは、いまも『江戸名所図会』そのままの景観が残されていて、思わず感動する。

 参道の長さは200m近い。一の鳥居から直線的に拝殿まで伸びる参道の両側を松、杉、椎、欅などの巨木が覆っている。『図会』のなかでも、 常磐木(ときわぎ)のみごとな並木が画面の中央を直線で横断していて、神域の清々しい空気が伝わってくるのである。

 祭神は 素盞嗚尊(すさのおのみこと)。創建は天平12年(740)という伝承があるが、慶元寺とともに多摩川の氾濫で古記録類を流出していて明確でない。戦国時代の永禄13年(1570)に江戸頼忠が改築したときの棟札が社蔵されている。

 2月3日、節分の鬼やらい神事も有名で、参詣の人が多い。赤、青、黒、白の4匹の鬼が社殿に入るが、神官との問答に負けて「鬼は外」と豆をまかれて退散する。そのあと「福は内」で大黒様と恵比寿様が昇殿し、里人に福を恵む 大黒舞(だいこくまい)を披露する。能・狂言の起源を連想させる、なつかしい民俗行事で、都内では貴重である。

(掲載号:03月11日号)