週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

武蔵の開拓 先駆者と 氷川神社

 日本には 八百万(やおよろず) の神が住んでいる。全国の津々浦々に鎮座する神社数も正確にはわからない。宗教学者の岡田米夫が著名神社の分社数を調査して概数で示している(1976)が、次の順だ。
1. 稲荷神社 32,000
2. 八幡神社 25,000
3. 神明社  18,000
4. 天満宮  10,441

伊勢神宮は民間が無断で奉祀することは許されないが、各地に遥拝所として神明社が祀られている。江戸の人たちは、ざらにあるものの譬によく「伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言った。それほど伊勢出身の商家が多かったのだが、神明社やお稲荷さんは江戸だけでなく全国的な存在なのだ。

 対照的なのが、関東地方の荒川、多摩川流域に集中的に祀られている氷川神社である。岡田の調査では全国で287社とあるが、『神社辞典』(東京堂出版)によると埼玉県内に162社、東京都内に59社が集中しており、いずれも成立の古い集落に鎮座しているという。

 さいたま市高鼻町(旧大宮市)の氷川神社は言うまでもなく武蔵国の 一宮(いちのみや)である。 須佐之男命(すさのおのみこと)を祭神とし、氷川の名も出雲の 簸川(ひのかわ)から出たという説が有力で、出雲系の一族が東国へ移住し新田を開発、先々に氷川神社を勧請して、幸運と成功を祈った歴史を語りかける。

 多摩川左岸に位置する世田谷区喜多見の氷川神社は、天平12年(740)創建の伝承があり、ここから東へ2kmほどの同区大蔵にある氷川神社も暦仁元年(1238)に当時の領主の江戸氏が勧請したという古社である。さらに、南方約1kmの同区 宇奈根(うなね)にも氷川神社があり、境内に樹齢数百年の大銀杏がある。

 大蔵氷川神社の拝殿には、明治7年に奉納された扁額があり、当時の村民の生活が描かれている。

(掲載号:04月15日号)