週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

上目黒 なのに 中目黒

 東横線・東京メトロの中目黒駅周辺は各種の商店が立ち並び、若者の人気スポットにもなっている。加えて、平成15年には区役所が中央町から駅近くに移ってきた他、駅前に図書館などの公共施設もある25階建ての中目黒GTプラザがお目見えして益々賑やかになった。

 つまり、ここは駅を中心とした盛り場で、誰もが一帯を駅名と同じ「中目黒」と呼んで疑わない。しかし、実は中目黒駅も中目黒GTプラザや区役所も、所在地の正式な地名は中目黒ではなく上目黒なのである。地名の中目黒は駅近くの駒沢通り以東になる。

 駅名が地域の通称になるのは、珍しいことではない。とはいえ、上目黒に設けられた駅がどうして「中目黒」と命名されたのだろう。昔は隣接の中目黒のほうが開けていたので、そうなったのではないかとも推測されるが、区役所などでもはっきりした理由が分からない。

 もう1つ考えられるのは、かつての渋谷橋−中目黒間の玉川電車中目黒線の停留所「中目黒」の存在である。同停留所は目黒川に架かる皀樹(さいかち)橋南方の現在の駒沢通りに設置された。今、そこの駒沢通りは上目黒に含まれるが、当時は中目黒の西端で、停留所名は地名と一致していた。

 このことは、地形社編『昭和16年大東京35區内目黒區詳細圖』の復刻版(人文社)で確認できる。後に東京市電から都電となった路面電車で、同図にはまだ「玉川電気鉄道」となっていて中目黒停留所が記されている。

 同線は昭和2年3月、東横線渋谷−丸子多摩川間は同8月と、同じ年の開通だった。しかも、停留所と駅はわずかしか離れていない。そこで利用者のために、当時の関係者が話し合って停留所と駅の名を同じにした、と見ることもできるだろう。

(掲載号:06月10日号)