週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

流転の 神さま 第六天社

 東横線・東京メトロの中目黒駅前にそびえ立つ中目黒GTプラザの南の側面に、目黒銀座通りに面してこぢんまりしたお宮が鎮座している。巨大な高層ビルの下の小さな白木造りの社殿は、ちょっと場違いな建物という感じがしないでもない。

 狭いがきれいに整備された境内では、「第六天社」の文字がくっきりと刻まれている巾の広い刀身のような形をした石碑がすぐ目に付く。お宮の名前で、この石碑だけはやや古びている。

 祭神は天神さまから6代目の神さまだそうで、これが神社名になった。創建はいつごろか分からない。元は現在地よりもっと山手通り寄りにあって、今の上目黒3丁目地域にあった石川田圃、同6丁目の小川田圃を水害や干ばつから守る神さまとして信仰されていた。

 農業の守護神だったわけだが、明治45年の社閣併合令、つまり神社合併策によって現在も大橋2丁目に鎮座している氷川神社に合祀された。さらにその後、環状6号線・今の山手通り建設工事で元の社地も失われてしまった。

 しかし、地元では単独の神社として復活させようとの要望が強く、昭和10年、その願いがかなった。復興の地は現在の目黒銀座と蛇崩川の間の路地裏だった。後に周囲が飲食店に囲まれたような状態になったが、地元の信仰の厚さは変わらなかった。

 平成になって、中目黒駅前の再開発で第六天社の土地がまた失われた。同11年、ご神体は近くの中目黒八幡に遷され、再び仮住まいとなったが、地元の人たちはこの神さまを見捨てるような不義理はしなかった。

 現在地に新しい社殿を造営して14年3月、第六天社を安置した。流転の農業神は、高層ビルの陰にようやく安住の地を得た。

(掲載号:06月17日号)