週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

武蔵野 ハケ 清水

 古代の武蔵野は、身の丈ほどもある野草が一面に生い茂る野原だった。室町時代になっても、太田道灌(おおたどうかん)は武蔵野の真ん中で雨に降られて困っている。雨具を借りたいと立ち寄った農家の娘に「七重八重(ななえやえ)花は咲けども山吹のみの(蓑)一つだになきぞ悲しき」と歌を返された伝説がある。雨宿りも風流の1つであった。

 近代文学史の上で、武蔵野に新しいチャームポイントを加えたのは国木田独歩(くにきだどっぽ)である。その著書『武蔵野』で雑木林の美しさを絶賛し<今の武蔵野は林である>と宣言した。JR三鷹駅北口には、独歩の絶唱「山林に自由存す」を刻んだ詩碑がある。

 昭和25年、大岡昇平が異色の恋愛小説『武蔵野婦人』を発表して、武蔵野のハケが新しい魅力として脚光を浴びた。ハケというのは、武蔵野台地の西部を走る崖線で、雑木林の斜面の下から滾々と清水が湧き出している。

 『武蔵野婦人』(新潮文庫)は、こんな書き出しである。

<土地の人はなぜそこが「はけ」と呼ばれるかを知らない>

 ヒロインの道子はハケの名家の娘。その夫の秋山はスタンダールを専門にする仏文学者である。道子は古風な貞淑観念が身についた人妻だが、敗戦後、幼なじみのいとこ勉がビルマから復員し、ハケの人々のあいだに戦後風俗的な愛憎のもつれが展開する。ついに道子の悲劇的な自殺に終わる小説は、『赤と黒』を思い出させる緻密な心理描写と、豊かな武蔵野の自然描写に特色があった。

 JR中央線の武蔵小金井—国分寺間の南側に広がる武蔵野台地が小説の舞台で、武蔵小金井駅を降りて、小金井市貫井南町3丁目の貫井神社(ぬくいじんじゃ)を訪ねると、50年前そのままに静まり返った境内に清水が湧き出している。付近には、ハケの自然を生かした都立野川公園もある。

(掲載号:08月05日号)