週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
目黒は 古くて 新しい
地名目黒の由来については諸説あるが、『目黒区史』(昭和36年発行)は「馬畔説」を妥当ではないかとしている。「め」は駿馬の「め」、つまり馬であり、畔は「くろ」とも読む。「めぐろ」は、馬と畦 道を意味していたとする。
駒場、駒沢、上馬、下馬など目黒周辺には馬にちなむ地名が多い。大昔、馬の牧場が多かったという名残だろう。目黒の地名も、その1つかもしれない。
地形説もある。「め」は窪地や谷、「くろ」は嶺を意味しているという。目黒川と両岸の丘陵地の地形から起こったとする。「め」は愛でるの「愛」、「くろ」は黒い馬を意味する「驪( 」のことで、優れた黒馬が多く育成されて「愛驪」といったのが「目黒」になったとの説もある。
人名としては、鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』の建久元年(1190)11月の条に目黒彌五郎という武士の名が出てくるのが歴史上の初見という。おそらく地名を名字としたもので、目黒は鎌倉時代以前からあったと推定できる。
その目黒区に上・中・下目黒の他に目黒本町という町がある。区のほぼ中央部の上に本町とあるから、いかにも目黒の“本家”のように見える。しかし、目黒本町が誕生したのは昭和41年3月1日で上・中・下目黒が江戸時代からあったのに比べれば、住居表示制度によって最近できた町といってよい。
それまでの東( 町、月光町、向原町の全域と、清水、碑文谷1、2丁目の一部を統合した町である。従来の地名はいっさい使わないということで、住民投票で2位だった目黒本町が採用された。
もっとも最初は単に本町にしようとしたが、本町はどこにでもあるので目黒を上に付けることにしたともいう。それにしても、ちょっと大仰な町名ではある。
駒場、駒沢、上馬、下馬など目黒周辺には馬にちなむ地名が多い。大昔、馬の牧場が多かったという名残だろう。目黒の地名も、その1つかもしれない。
地形説もある。「め」は窪地や谷、「くろ」は嶺を意味しているという。目黒川と両岸の丘陵地の地形から起こったとする。「め」は愛でるの「愛」、「くろ」は黒い馬を意味する「
人名としては、鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』の建久元年(1190)11月の条に目黒彌五郎という武士の名が出てくるのが歴史上の初見という。おそらく地名を名字としたもので、目黒は鎌倉時代以前からあったと推定できる。
その目黒区に上・中・下目黒の他に目黒本町という町がある。区のほぼ中央部の上に本町とあるから、いかにも目黒の“本家”のように見える。しかし、目黒本町が誕生したのは昭和41年3月1日で上・中・下目黒が江戸時代からあったのに比べれば、住居表示制度によって最近できた町といってよい。
それまでの
もっとも最初は単に本町にしようとしたが、本町はどこにでもあるので目黒を上に付けることにしたともいう。それにしても、ちょっと大仰な町名ではある。
(掲載号:10月28日号)
