週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

世田谷弦巻 大山道の 旅人の像

 「大山詣り」という落語がある。遊山気分で大山参詣に出かけた江戸っ子たちの茶目っ気たっぷりな事件を描いた、めでたい話である。

 大山は神奈川県伊勢原市にある霊山で、雨降山の別名でも知られる通り、古くから雨乞いの神、農業神として庶民の信仰を集めた。江戸周辺の人たちにとっては、箱根のこちら側だから関所手形も不要というので気楽に旅を楽しめるメリットもあった。

 しかし、日照りや洪水にしばしば悩まされた江戸時代の農民にしてみれば、大山への雨乞い参詣は一村の運命がかかった大事な旅だった。

 『新修世田谷区史』に、若林村(現・世田谷区若林)の村民が大山阿夫利神社不動の滝の水を借りに行く場面が詳細に紹介されている。

 <大山の場合は、夜を日についで徒歩詣りをするため、疲労が激しいので、帰途は途中まで出迎えが一番手・二番手・三番手と出ており、竹筒に入った御水をリレー式に運んだ。御水が到着すると川に竹でシメを張り(水ごりをとって心身を清め)、掛念仏を唱和しながら村中の田畑を廻って、路々笹で水を振り撒いて歩いた。掛念仏の文句は「アマツノート(天津祝詞)六根清浄」を間を伸ばして声を張り上げて唱える>
 江戸時代の農民たちの真剣な祈りが、行間から伝わってくるようである。

 江戸周辺から大山へ向かう道は「大山道」として各地に残っている。都心からの幹線は、赤坂見附、青山、世田谷、二子玉川、溝の口、長津田を経て伊勢原に通じる。沿道にあたる世田谷区弦巻の小公園に「大山道の旅人の像」(同区弦巻4-32)がある。等身大の銅像で、チョンマゲ姿の旅人が道端に腰掛けて一服している。庶民の哀歓を刻んだ道にふさわしいユーモラスな像である。

(掲載号:02月13日号)