週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

多彩な歴史 用賀の地名は ヨーガから

 東急田園都市線用賀(ようが)駅(世田谷区用賀)のイメージカラーはブルーである。すぐ西を流れる多摩川の清冽なイメージにつながる色だが、駅ホームのタイルやエレベーター入口などにもブルーがあしらわれていて、わかりやすい。

 改札口を出た地下街は、地上29階の高層ビルの地階と連絡し、各所のエスカレーターで地上に出る。まさに機能的な現代都市の印象である。さらに、北口のコミュニティ・テラスには中央に水の流れるウォータースペースがある。水辺に沿った遊歩道がそのまま用賀プロムナードにつながり、(きぬた)公園と世田谷美術館方面に伸びている。

 用賀には意外にいろいろな顔がある。北に馬事公苑(ばじこうえん)、西に砧公園という都内有数の豊かな緑地を持つ一方、東名高速道路の用賀インターチェンジがあり、環状8号線が交差する交通の要衝でもある。

 駅前商店街にも、洋風のファッショナブルなレストランやアパレル店と、下町風の飲食店や和家具店などが共存している。江戸時代の昔から、ここが大山街道に面し、明治に入っても玉川電車沿線という恵まれた歴史を反映しているからだろう。

 用賀駅から徒歩3分、つまり商店街の並びに、赤い山門の目立つ真福寺(世田谷区用賀4-14-4)がある。築地塀をめぐらせた堂々たる山門に「喩伽(ゆが)山」と山号が掲げられている。開山の宗円和尚は天正6年(1578)没というから、室町時代末期に遡ることがわかる。
 用賀の地名も、実はこの喩伽から出たという説がある。喩伽は梵語(ぼんご)のヨーガの音訳で、インドの修行者の精神統一法としてよく知られている。小田原北条氏に仕えた飯田図書(いいだずしょ)がここに土着、菩提寺として建てた。その子孫は江戸時代に代官、地主として用賀の発展に努めている。

(掲載号:02月27日号)