週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
路傍の 文化財 庚申塔群
落語『目黒のさんま』にゆかりの茶屋坂を下っていくと都の目黒清掃工場の緑地帯が広がっている。清掃工場と区立田道小学校の間の道を南西へ少し進むと、目黒川に架かる田道橋に出る。
田道は「でんどう」と読む。この辺りが中目黒村といった頃の村内の小名と推定される。「伝道」とも書いたらしく、道場があったからとの説もある。しかし、昔は文字通り田圃の中を走る道があったから付いた地名ではなかろうか。今、町会名としても使われている。
その田道橋を渡った先の左手は目黒区民センターで、各種の建物が建っている。社会教育館、図書館、児童館、体育館、プールなどの他、緑も豊かなので清掃工場の緑地帯と共に散策の適地でもある。
区民センター前の道をその敷地に沿って西へ進むと、北側の道路沿いに「田道庚申塔群」と呼ばれる6基の庚申塔と、地蔵像が浮き彫りされている1基の念仏供養塔が立っている。
7基は前面が開放されている瓦屋根の堂の中に整然と並んでいて、それぞれに花も供えられている。塔の背面には「田道庚申会」と染め抜かれた幕も掲げられていて、現在も信仰の対象として大事にされていることがわかる。
建立年代はいずれも江戸時代で、一番古い庚申塔と地蔵塔が延宝5年(1677)、以下同8年、元禄5年(1692)、同8年2基、正徳3年(1713)となっている。
庚申塔にはそれぞれに六臂 三眼の怒りの形相で病魔・悪鬼を追い払う庚申会( の本尊青面( 金剛像が浮き彫りにされている他、日月、ニ鶏、三猿なども施されている。下部には、施主名も読みとれる。
いずれも大型で保存状態が良く、民族信仰の貴重な史料として区の有形文化財になっている。
田道は「でんどう」と読む。この辺りが中目黒村といった頃の村内の小名と推定される。「伝道」とも書いたらしく、道場があったからとの説もある。しかし、昔は文字通り田圃の中を走る道があったから付いた地名ではなかろうか。今、町会名としても使われている。
その田道橋を渡った先の左手は目黒区民センターで、各種の建物が建っている。社会教育館、図書館、児童館、体育館、プールなどの他、緑も豊かなので清掃工場の緑地帯と共に散策の適地でもある。
区民センター前の道をその敷地に沿って西へ進むと、北側の道路沿いに「田道庚申塔群」と呼ばれる6基の庚申塔と、地蔵像が浮き彫りされている1基の念仏供養塔が立っている。
7基は前面が開放されている瓦屋根の堂の中に整然と並んでいて、それぞれに花も供えられている。塔の背面には「田道庚申会」と染め抜かれた幕も掲げられていて、現在も信仰の対象として大事にされていることがわかる。
建立年代はいずれも江戸時代で、一番古い庚申塔と地蔵塔が延宝5年(1677)、以下同8年、元禄5年(1692)、同8年2基、正徳3年(1713)となっている。
庚申塔にはそれぞれに六
いずれも大型で保存状態が良く、民族信仰の貴重な史料として区の有形文化財になっている。
(掲載号:03月06日号)
