週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
長泉院 美術館 松崎慊堂
清泉が湧きだして境内を流れていたのでその名が付いたという中目黒の名刹長泉院を訪ねて、現在すぐ目に止まるのは彫刻展示場である。ばくろ坂上から同院に通じる道に入ると、まず右手の広場に幾つかの彫刻が並べてある。
その先の広場の奥には、瀟洒な鉄筋3階建ての洋館が建っている。寺の建物は道路に面しているが、一見したところでは普通の住宅のようで、ここでは彫刻や洋館ばかりが目立つ。
実は、これらの総てが現在の長泉院といってよい。洋館は宗教法人長泉院附属の現代彫刻美術館の本館にほかならない。寺の教化事業の一環として建設、展示されたもので20世紀後半の日本の彫刻家がどのような作品を創造したのかを記録して、多くの人に彫刻の素晴らしさを楽しんでもらいたいとして設立されたものだという。
昭和53年、具像作品を野外展示したのが最初で、4年後に本館が完成し、さらにその5年後、抽象作品の野外展示場を増設した。現在、56人の作家による242点が収蔵、展示されている。
入館料は無料で、本館入り口で住所氏名を記帳すれば見学できる。年末年始の約4週間と毎週月曜日が休館。寺には珍しい活動で、野外展示場は起伏にも富んでいて、その昔の丘陵地だった面影を偲ぶこともできる。
本館前に入り口がある墓地には、江戸時代後期の儒者松崎 慊堂 ( こうどう (1771-1844)が眠っている。肥後(熊本県)で生まれた彼は初め地元で僧となったが、儒学を志し、江戸に出て幕府の儒官林述斎に学んだ。後に遠州(静岡県)掛川藩教授になった。
幕府から迫害された渡辺崋山の赦免運動に尽力した人でもあり、天保の改革を推進した老中水野越前守忠邦は彼の弟子だった。
その先の広場の奥には、瀟洒な鉄筋3階建ての洋館が建っている。寺の建物は道路に面しているが、一見したところでは普通の住宅のようで、ここでは彫刻や洋館ばかりが目立つ。
実は、これらの総てが現在の長泉院といってよい。洋館は宗教法人長泉院附属の現代彫刻美術館の本館にほかならない。寺の教化事業の一環として建設、展示されたもので20世紀後半の日本の彫刻家がどのような作品を創造したのかを記録して、多くの人に彫刻の素晴らしさを楽しんでもらいたいとして設立されたものだという。
昭和53年、具像作品を野外展示したのが最初で、4年後に本館が完成し、さらにその5年後、抽象作品の野外展示場を増設した。現在、56人の作家による242点が収蔵、展示されている。
入館料は無料で、本館入り口で住所氏名を記帳すれば見学できる。年末年始の約4週間と毎週月曜日が休館。寺には珍しい活動で、野外展示場は起伏にも富んでいて、その昔の丘陵地だった面影を偲ぶこともできる。
本館前に入り口がある墓地には、江戸時代後期の儒者松崎 慊堂 ( こうどう (1771-1844)が眠っている。肥後(熊本県)で生まれた彼は初め地元で僧となったが、儒学を志し、江戸に出て幕府の儒官林述斎に学んだ。後に遠州(静岡県)掛川藩教授になった。
幕府から迫害された渡辺崋山の赦免運動に尽力した人でもあり、天保の改革を推進した老中水野越前守忠邦は彼の弟子だった。
(掲載号:04月03日号)
