週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

古代万葉 につながる 砧の地名

 平成14年8月、多摩川に北極生まれのアゴヒゲアザラシが出現し、愛嬌のある生態でタマちゃんの愛称を得た。タマちゃんはその後、鶴見川、横浜市内の 帷子川(かたびらがわ) に移動し、そのたびにテレビ、新聞を通じて話題をまいた。

 多摩川は、山梨県北東部の笠取山から発して東京都と神奈川県の境を流れ、羽田空港の南で東京湾に注ぐ。延長は138km。江戸時代には玉川と書かれることが多く、江戸の飲料用水として親しまれた玉川上水はお馴染みの通り。万葉集の 東歌(あずまうた) (巻十四)には万葉仮名で「 多麻河泊(たまがは) 」と書いている。

多摩川に さらす手作り
さらさらに  (なに) そこの児の
ここだ (かな) しき

 多摩川の中流域では、朝廷に貢納する布地を清流で洗い、漂白し、砧で叩いて柔らかくきめの細かい調布作業を続けていた。「さらす」「さらさらに」と重ねて、愛らしい乙女の柔らかな肌触りまで表現した秀歌である。

 小田急線 狛江(こまえ) 駅で降りて、多摩川住宅行きのバスに乗り 水神前(すいじんまえ) で下車する。水神前交差点を北に入ったところに、この万葉歌碑(狛江市中和泉4-14)がある。

 碑文は原文に基づいて万葉仮名で書かれており、寛政の改革で知られる幕府老中松平定信の書。文化2年(1805)に建てられたが、多摩川の氾濫で流失、これを惜しんだ実業家渋沢栄一らが旧碑の拓本を模刻して、大正11年に現在地に再建したという。

 碑にほど近い堤防に立つと、多摩川が大きく蛇行する地点で、川幅が広がり、対岸の川崎市登戸や周辺があざやかに眺望できる。

 このあたりに古代からの調布にまつわる地名が多いのも当然だろう。明治22年、世田谷地区に砧村が創設されたのも、むろんこの歴史につながっている。

(掲載号:04月17日号)