週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

東洋の珠玉 収蔵する 静嘉堂文庫

 明治38年(1905)の英国ケンブリッジ大学卒業記念写真がある。数えで27歳の青年、岩崎(いわさき)小弥太(こやた)は長身の異邦人と並んで、少しも遜色のない偉丈夫である。

 三菱グループの創業者、岩崎弥太郎を伯父に持ち、4代目社業を引き継いだ小弥太は身長180cm、体重130kgと、当時では日本人離れの体躯だった。父の弥之助は弥太郎の弟で2代目社長だが、小弥太も三菱重工業の創設や東京駅前の丸ビル建設の決断などグループ総帥としての見識を示し、大社長(おしゃちょう)と呼ばれたそうである。

 小弥太は東西の文化にも深い関心を持ち、世田谷区岡本2丁目にある静嘉堂(せいかどう)文庫には弥之助、小弥太の父子が2代にわたって収集した和漢の貴重な古書20万点が収蔵されている。

 静嘉堂は、弥之助が『詩経』の「邊豆(へんとう)静嘉」(祭祀の神器は清らかで美しい)の詩句から命名した書斎の名で、小弥太は明治43年に多摩川を望む閑雅な岡本の地に父の霊廟を建てた。鹿鳴館などで有名な建築家ジョサイア・コンドルの設計で、銅版葺の丸屋根を持つ高さ10mもの堂々たる石造建築である。

 大正13年には、さらに収蔵する文化財が災禍を受けないように、霊廟の近くに文庫を建てた。同時に自分の書斎を文庫内に設け、『大漢和辞典』の編纂で知られる諸橋(もろはし)轍次(てつじ)博士に依頼して古典の講義を聞くのを楽しみとした。これが静嘉堂文庫で、コンドルの高弟桜井(さくらい)小太郎(こたろう)が設計した焦茶色煉瓦の英国風2階建て洋館である。

 隣接の静嘉堂文庫美術館は平成4年に収蔵品を一般公開するために建てられた。世界に3点しか残らないという国宝「曜変天目(ようへんてんもく)茶碗」、俵屋宗達「源氏物語 澪標(みおつくし)屏風」などを、ここでゆっくり鑑賞することができる。

(掲載号:09月11日号)