週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

竹林の 公園と 旧民家

 幕末から昭和の初めまで、現在の目黒区や品川区には竹林が多かった。ということは両区は筍の産地でもあった。目黒不動門前の料理屋では、筍飯が名物だった。

 今、竹林はほとんど見られなくなったが、碑文谷八幡宮の裏手には8千m2にも及ぶ見事な竹林が広がっている。晩春から初夏にかけては、その中に筍が顔をのぞかせているのを見ることもできる。

 目黒区の「すずめのお宿緑地公園」で、公園の竹林を含む一帯は、角田セイさんという女性の所有地だった。角田さんは自分の死後は土地を国に返したいという考えを持っていて、それを実行した。

 角田さんの遺志を生かして土地は区の公園として整備され、昭和56年に開園した。公園名は、かつて竹林に数千羽の雀が生息していて付近の人が「すずめのお宿」と呼んでいたことと、昔話の「舌切り雀」に因んで付けられた。

 公園の一隅には、古びてはいるが、どこか風格のある民家が建っている。元、緑が丘1丁目にあった栗山重治さんの旧宅で昭和54年、区に寄付されたのを移築、復元したものである。

 栗山家は旧(ふすま)村の旧家で、江戸時代には代々、村の年寄役を務めた。家は普通の農家より規模が大きく、一般には禁止されていた長屋門が前面に建てられていた。

 移築した母屋の建築年代は、安政4年(1857)に大改築が行われた記録があることや大黒柱を含めた軸組の仕方などから江戸時代中期を推定されている。構造形式は、桁行7.5間、梁間5間、広間型平面、寄せ棟造りという。

 茅葺きの屋根を、茅葺き型の銅版葺きにした以外は元のままに復元されている。昔の農具や生活用品も保存されていて内部を自由に見学できるので、公園を訪れた際にはぜひお立ち寄りを。

(掲載号:09月25日号)