週刊誌コラム
週刊新潮「タワークレーン」
サレジオ教会 江戸の マリア
立会川緑道の西端と碑文谷八幡宮の参道が出合う地点を南北に走っている道路を「サレジオ通り」という。この道を北へ少し行くと、右手にカトリック碑文谷教会、通称サレジオ教会が優美な姿を見せているからである。
芸能人の結婚式場としても話題となるこの教会は、昭和29年、当時はまだ田園地帯の面影が濃い碑文谷の地には異色の、ロマネスク様式の建物としてお目見えした。イタリアに本部があるサレジオ修道会が建てたもので、一際目立つ屋根上に十字架をいただく鐘塔の高さは、36m余もある。
聖堂は間口16m、奥行き47m、高さ23mで、祭壇にはイタリア産の大理石が使われている。完成当時は日本一の大聖堂といわれた。
普段は見学自由で、異国情緒あふれる堂内の彫刻やステンドグラスなどの装飾品は見ものである。なかでも、右側の祭壇上に「江戸のサンタ・マリア」と名付けられた1枚の絵が目を引く。
宝永5年(1708)、鹿児島県屋久島にキリシタン布教のためイタリア人宣教師ジョバンニ・シドッチが上陸した。キリシタンを国禁としていた幕府は彼を江戸・小石川の切支丹屋敷に監禁した。シドッチは正徳5年(1715)に牢死するが、彼を審問した新井白石はその見識を高く評価し、審問記録をもとに『西洋紀聞』『采覧異言』を著している。
そのシドッチは、「悲しみの聖母」と題する1枚のサンタ・マリアの銅版画を持っていた。この絵はシドッチ死後も江戸に保存されていたことから「江戸のサンタ・マリア」と呼ばれるようになったが、一時所在が不明になっていた。
偶然、それが教会完成時に東京国立博物館で発見され、教会では実物大の複製画を作成、キリシタン受難を偲ぶよすがとしている。
(掲載号:10月30日号)
