週刊誌コラム

週刊新潮「タワークレーン」

立会川 水源池の 両公園

 東急東横線の学芸大学駅西口から高架沿いに南、都立大学駅方面へ500mほど行くと右手に碑文谷公園が広がっている。立会川の水源の1つである池が中心の公園で、8000m2余りの池では冬期を除いてボート遊びができる。

 池は昔、もっと広かったようで、重要な灌漑用貯水池だった。土地の(あざ)名から「三谷(さんや)の池」と呼ばれ、碑文谷村の共有池として大切に管理されていた。江戸時代には、野鴨が多く飛来したところから、将軍家の鷹狩り場になったこともある。

 昭和の初め、池を売って村の財政を豊かにしようとする動きがあったが、村民の反対でつぶれた。同7年10月、目黒に区制が施行された際、池の周囲を公園をして永久保存することを条件に東京市に寄付され、新市域公園の先駆けとして開園、昭和25年からは区の管理となった。

 碑文谷公園の歴史は、昔の村民の自然環境保護への意識の高さを今に伝えている。

 池の小島には、厳島神社が祀られている。創建は15、6世紀の戦国時代と伝えられており、池が江戸時代以前から大事に管理されていたことをうかがわせる。

 本殿には嘉永元年(1848)、碑文谷村の代官が奉納した弁天像が安置されている。高さ30cmほどの極彩色の木像で、村や子孫の繁栄・五穀豊穣祈願のために奉納された。 

 池の周囲は緑が豊かで、その一画には「こども動物広場」がある。ウサギ、ヤギ、ポニーなどの動物と子供たちがじかに触れ合える場として人気を集めている。

 碑文谷公園の東方にある清水池公園も池中心の公園で、碑文谷池と同様に立会川の水源になっている。碑文谷池と兄弟池と呼ばれ、同じような歴史をたどってきた。こちらは釣り堀池としても親しまれている。

(掲載号:11月06日号)